拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

千尋の谷へ・・・

 昨日は、金沢からバスで一時間『木彫の街・井波(富山県)』という、金沢にくらべれば観光客の圧倒的に少ない田舎町へ、やはりこれも相方のイニシアティブで行ってきた。

   

     千尋の谷へ、我が子を突き落す獅子の木彫の前で・・・

この『獅子像』を彫った木彫師の方と話す機会があり、この獅子が我が子を千尋の谷へ突き落す場面であることを知ったが、無知な私は神社などにいる『狛犬』だろうか、と思っていたのだがまったく違って、はるか昔聞き及んでいた『千尋の谷』の話が、この機(金沢の旅)に及んで現実に眼にする光栄にほっし、感慨深い思いに浸る。

 

というのも、この数日前に金沢市内に点在する金沢三大作家(泉鏡花・室生犀星・徳田秋声)の内の徳田秋声記念館に行った時、彼の生い立ちと、文学の経歴などを見聞するうちに、徳田秋声(1871年生~1943)、と同郷同世代の鈴木大拙(1870~1966)との私に与える人生観というもののあまりの違いに、私は内心非常にショックを受けたような気がしたのだ。

『ショック』というのは大袈裟のようだが、この二人の人間の生き方の違い・・・それを改めて認識する事こそが、私の今回の『金沢長期滞在の意義』ではなかったか、と直感し、その後徐々に確信に到る過程で、木彫の町・井波で『獅子の逸話』に出会った・・・ということなのだ。

 

仏教で『色即是空』というが、『空の探究』へ向かう人生が『千尋の谷』からの脱出であることを思うと、他の人はどう思うか知らぬが、私は大拙の人生の深淵さに改めて感動し、彼がそれを啓蒙することに一生をかけてくれたことに敬意を払わずにいられない。

 

 

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金沢・かなざわ・Kanazawa

金沢にしばらく滞在してふと思うことは、社名やら店名、ホテル名の後に漢字あるいはローマ字などで『金沢』と表示しているところが多い・・・ことだ。

私が三十数年、日本を留守にしている間に、店名や社名などに地元名を表示する現象が一般化しているのかどうか、知らないが、何かというと『金沢』とあり、そのうち演歌のタイトル如く、地名をリフレインするのが当然みたいな気にさせられてきた。

 

で問題は『金箔』で、お土産屋に行くと『金箔入り』お茶、饅頭、羊羹などその他意外な食べ物にも金箔が入っていることを売りにしている商品を散見して、他の物はともかく、食品に金属など言語道断と・・・私の心は拒絶。

幼少時より『金(カネ)目のモノ』に対する嫌悪感は、いまに至って金ぴかの虚栄の象徴のような『金箔』にまで及んでいるようで、相方が『金箔工芸館、素敵そうよ。いってみましょうよ…』と言ってきたが、『金(キン)』には全く興味がないで、アンタ一人で行っておいでよ』と断っていた。

それでも長の滞在になると他に行くところも無くなり、ガイドブックの『金箔工芸館』の写真をみると、何故か惹かれるものがあり、行ってみることにした。

 

結果から言うと、『金箔工芸館を観ることなくして、金沢を語るべからず・・・』みたいな事になってしまうくらい私は気に入り、歴史全般に興味薄の私が、『金箔と金沢の歴史』に魅せられることになったのだ。

そもそも『金沢』という地名も、神社だかの敷地内からとれたジャガイモを沢で洗っていると金が土から落ちてきた・・・という逸話からついたという。

 

九谷焼、輪島塗、水引、金箔、獅子舞、加賀棒茶、エトセトラ・エトセトラ~ 戦災をまのがれた小都市として各種民芸技術が栄え、保全された結果、『金沢・かなざわ・Kanazawa』というくらい地元民芸と、地名を誇りにしているのであろう・・・か。

 

 

俵屋宗達の『雷神風神』は、私の大好きな『画』であるが、土台に『金箔』があるからこそ、画題が生き生きと今もそのエネルギッシュさを伝えていることがわかる。

 

 

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天上の龍

この一ヶ月の金沢滞在というのは、たぶん私の1,2年分のブログ・ネタを提供してくれているんではないかと思うほど、毎日何かが起こって、どのネタから書いていいの困っている感じだ。

だいたいスイスにいるときは、どちらかと言うと家に『引き籠り』する質だから、毎日あちこちに引き回される旅行中とは全く生活ペースが違い、書くネタもだいたい我が愚脳から捻り出したような具合であるのに、知らぬ土地を歩き回ると『犬も歩けば棒に当たる』的に、いろいろな新鮮な事柄と出会うわけだ。

 

先日、相方の従姉(いとこ)の息子(T君)が日本人女性と結婚し、長野で一子をもうけ3人で所帯を持っているので、訪ねた時のこと。(彼等の生活自体、私の関心を引くことがありいつか書いてみたいと思っている…)

 

長野というと『牛にひかれて善光寺参り・・・』の如く、もちろん善光寺さんへは皆でお参りしてきたのだが、そのあと、T君は長野郊外の田舎へ車でつれていってくれ、田舎の小さな神社や寺など桜がまだきれいな場所を見せてくれた。

その一つがたまたま禅寺で、彼が誰かから聞いたところによると、その寺の天井の龍の絵が、京都のどこだかの有名な禅寺の天井画と同じ絵描きとのことで、一見の価値があるからと、住職に聞いて許可を得て、龍の絵を見せて頂くことになった。

 

 

昨年私は京都の東福寺の有名な『龍』の絵を見ていたので、おそらくその絵描きと同じではないかなぁ…と、おもったりしていたら、若い住職(37、8歳)がわざわざ私たちの為に奥から出てきて、龍の画と、その横の天井に描かれている『風神雷神』の画について説明してくださった。

 

『龍』の説明については、龍は水を司る神で、農作物の豊穣の為に耕地に雨を降らせるので、地元の人々に大変敬れています・・・と、いうような説明であった。

これが、私が『東洋自分なり研究所』を立ち上げ、自分なりにそういった東洋のよしなし事を研究する以前であったならば、そのような説明でも、まぁそんなものなのか・・・ぐらいで聞き流していたであろうが、今となってはその説明では『龍が泣いているぞ!』と一喝せずにはいられない気がしたわけだ。

 

まぁ、かといってその住職に、馬骨如きが他の人々の面前で自説を力説してもしょうがないので黙って聞いていたが、実際禅僧の端くれならば、『龍の画』をダシにまだ若い夫婦に向けて人生の転換となるような、心の臓をえぐるような、目が覚めるような一家言如きものを言えないものか・・・と非常に残念な思いをした。

 

まぁ、禅僧が皆彼のようなレベルとは思わないが、一つの典型的な住職の姿ではあるのだろう…。

 

 

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居酒屋巡りツワー・・・

 一昨夜、相方のおかげ・・・というべきか。

金沢観光案内Byインターネットで彼女が、私の知らぬ間に参加予約していた『居酒屋巡りガイドツワー』と題したツワーに参加すべく、市内のスターバックス前待ち合わせで待っていると、見るからにやばそうな黒い野球帽に黒のシャーッ、ズボンの眉毛の極端に薄い中肉中背のアメリカ男(?)が店の前をウロウロしていて、もしコイツも参加者で一緒に酒だけは飲みたくない…タイプの奴がいて、『挨拶してみましょうよ』と警戒心の薄い相方が言うので、『絶対声をかけるな』と制している内に、プロレスの見習い青年か、と見間違いしそうな…、大柄、長髪、赤ら顔の青年が『居酒屋ツワーの参加者ですか?』と聞いてきた。

すると例のヤバイ黒ずくめの男がさらにやばそうな同じく野球帽をかぶった度近眼用の眼鏡をしたいかにも神経質タイプのやせぎすの男をともなって近づいてくるではないか!一瞬やめといた方がいいかも・・・と思っていると、ちょつと肉付きのいい東洋人顔をした感じのよさそうな女性が来て、『これ、ツワーのグループですか?』といいながらグループに加わってきた。

互いに出身地と名前を交換している間、ガイドの若者が私に、『じつは英語がよくできないんですよ…』と、あたかも私に助けを求めるかのような眼差しで告白するではないか。

『ザけんなよ~!』と内心思ったものの、時すでに遅し・・・。五か月前まで北海道の建築現場で進捗を監督するチーフをやっていたそうで、この今回の仕事は友人と考えて立ち上げたそうだが・・・。

とにかく、2軒の酒屋を巡るとのことで、一件目の東茶屋街の『焼き鳥屋』のテーブルに落ち着き、私は例のヤバイ二人組と対面する形で座ることになってしまい、右隣にアメリカはテキサスから来たベトナム2世娘は明朗快活でよく喋るし、日本にも2回目で日本文化事情に意外に精通し、例のガイド君よりはよほど我々ツワー全体をまとめる名ガイド的役割をこなし、またそれを楽しんでいるようであった。

じっくり自己紹介する時間になり、この二人組はニューヨーカーで、日本には今回が初めて来たとのこと。典型的なニューヨーク弁でベラベラ喋るが、まぁ70~80%は分かるので、ビールの力も借りて、それなりに話が盛り上がった。

私は自己紹介のところで、私が禅に関心を持っている事を知ると、度近眼ニューヨーカー氏が、それでなくとも小さい眼(まなこ)を分厚いレンズの奥から必死に見開くように『アンタにとって、Zenとはなにかね…』と、尋ねてきたではないか。

『皆、それぞれの色の花を咲かす種を持っているんだよ。アンタも私も』・・・と、まさか禅問答になるとは思っていなかったので、適当に『花の種』の話をしてしまった私。

『アンタはアメリカ人、私は日本人、彼女はベトナム2世アメリカ人・・・でも種(タネ)に国籍なんてどうでもいいんだよ。問題は種があってそれをこの世で咲かせるか

どうかだね…』・・・と、50代のニューヨーカー氏にむかって、こっちはちょっと爺イだから先に逝く者の発言権みたいなものがあるかどうか知らないが発動。

 

焼き鳥で腹がふくれた頃、2件目にガイド君が我々が連れて行ったバーは、私らが9年前に初めて金沢に来た時に立ち寄った昼間はカフェ、夜はバーの懐かしい畳のある飲み屋であった。

ここでも話が盛り上がった。というのも一番ヤバイと私が思った男は、かってニューヨークで警察官だつたことが判明して皆一同『ええーっ!』と驚嘆。

『俺はオリジンはアイルランドだが、酒は一滴も飲めないんだ』ガハハハッと、眉毛どころか、頭髪も一本もないツルッパゲ氏は、焼き鳥屋で白飯に醤油をかけ、ジュースで焼き鳥をうまそうに食べていた奴だ。

彼からN・Yでの犯罪事情や警察事情を聞き、20年間働いた後は退職生活がはじまるそうで、彼の場合12年目の年金退職生活とのこと。意外にまともな奴で、危険な警官時代に身につた体から発する動作もろもろが私には異様に見えたのかもしれない(?)

 

       

 『 夢二かな 和服姿も 艶(あで)やかに 昔懐かし 金沢の女(ひと)』馬骨

 

この写真は、この日の昼間に訪れた『国立工芸館』でたまたまであった光景。

 

こうして一昨夜は過ぎたが、実にヘンテコリンかつ絶妙な組み合わせツワーで、思い出に残る『居酒屋巡りツワー』であった。金沢にお越しの際は是非参加すること進めます。

 

 

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獅子舞と屯田兵

刑事(デカ)は足で稼ぐ・・・じゃないが、馬骨(というか、相方)の行き当たりばったりの無計画旅行というのも、意外に私が考える色界でのアイデンティティ解明の為の旅になっているのでは…と思えるような、現地を自分の足で回らなければ、決して得られないような情報などから、想定外の展開が(私の内部)で起こっているようなのだ。

 

金沢滞在初期のある日、相方のイニシアティブにより、金沢~西金沢駅で古い2両、の私鉄電車で鶴来(つるぎ)という所へ行き神社など巡るという、散歩的なかるい田舎回りへ出かけることになった。

この鶴来(つるぎ)という所に、日本三霊山(富士山・立山・白山)の一つ白山があることから、紀元前91年に創建されたと伝わる『白山ヒメ神社』(菊理媛神)をご祭神と全国三千余社の総本宮の神社・・・だそうで、元旦の初もうでには大変な人が来る大変有難い神社とも知らずに、我々は導かれるようにお参りすることになった。

そういった事は、神社をお参りした時に、案内板を読んで知ったわけで、そうでもなければ特にこれといった特徴もない大変静かなただの田舎町風といった感じ。

鶴来から神社までの間に二大酒造会社があって、その内の一つ『白山』という銘柄の日本酒を販売・広報する古い屋敷を店に改造した店舗の前を通った際店に入ると、中の女性がでいろいろ親切に説明、そのうえ自社の酒各種を試飲させてくれた。

鶴来駅からここまで歩いてくる間人っ子一人見かけない寂しいぐらいな静かな町だったので、彼女の対応になんかホッとすると同時に案外、町として深い歴史があることを教えられたのである。

 

その次に出会ったのが、この写真の観光案内所兼休憩所ということで、なんとも昭和レトロな雰囲気にちょっと中をのぞくと、歳の頃は77才ぐらいのお爺さんがひとりいて、ニコニコしながら出てきて、どうぞお入りください…とのことで、奥の座敷に飾られた立派な雛人形をみせてくれ、この館の歴史などを説明してくれた。

このあたりの民家の囲炉裏のある部屋は、煙を上にのがす為に吹き抜け天井になっているのが、デザインとして印象的であるが、そのために空間がスカスカの分、囲炉裏に火の気がなければ寒々しい感じがし、実際そとより冷え冷えと寒かった。

床の間に、金沢ではあちこちで見かける木彫りの立派な『獅子頭』の置物があったのでお爺さんに聞くと、なんでも加賀藩主の前田利家が金沢入りする際に『獅子舞』でお祝いしたのがきっかけで、民芸品としても盛んに作られるようになった・・・という。

そこで、『北海道の片田舎、北見の私の家にも幼少時、獅子舞がやって来て、獅子に頭をパクリとかじられましたヨ…』という話をすると、『そりゃ~昔、石川からも沢山の人が北海道へ屯田兵として移住したからねえ・・・』と、まさかこのお爺さんから『屯田兵(北海道開拓移民)』という言葉を聞くとはおもっていなかったので、私は『ええ~っ』とビックリ。

 

そういえば、昔姉が誰かから聞き伝いに、私たちの父方の祖先は『福井』あたりから来ている・・・的なことを聞いたようなことを、その時思い出し、幼少の頃、我が郷里、北見の秋祭りには、獅子舞どころか、何人もの奴さんを従えた大名行列などがあったことをうっすらと覚えているが、あれというのは、福井や石川から屯田兵として北海道開拓にやって来た人々が故郷の北陸を懐かしむための祭りであった・・・と解った瞬間であった。ことの真意はわからないが、そう的外れな事ではないと思う。

 

私がたぶん4,5歳の頃(?)、秋祭りの獅子舞がだんだん我が家に近づいてくる様子に私はすっかり興奮して、家にいる養母にそれを知らせるために駆け戻ったが、その時私はふと自分が泣いて涙を流している事に気づいて『あれっ?』と思ったことが私の覚醒の入り口であったと私は今確信している。

 

だから私は、獅子を見ると自然喜ぶ・・・のだと思う。それにしても、こんな処(鶴来)に来て、私の郷里とここ北陸が結びつくなんて・・・不思議な巡りあわせ。

 

『獅子』と『獅子舞』は日本人にとって『縁起モノ』であり、幼子を覚醒させる『覚醒起爆装置』として日本では古より大切にされてきたのであろう。 めでたい !!

 

 

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語りえないことについては・・・

 金沢では、ゆったりまったり一日をノンビリ過ごすのが私の計画の一端ではあったが何故か相方にあちらこちら" 引き回しの刑 ” 如く引き回され、まぁそれなりに充実しているともいえるが、大拙の郷里であるし、何か深淵な沈思黙考の海に沈み込むような時を・・・とは思ってはいても未だ実行できず、なんの感慨もなくホテルそばの本屋さんで、漫画チックな人物イラストに『ヴィトゲンシュタイン~言語化できないことに、意味はないの?』と書いてあるノートのような薄い本に手が伸びて、ページのはじめを見ると、『語りえないことについては、沈黙しなければならない』・・・の一文を観た。

 

そういえば、このカッコいいセリフについては、だいぶ前にYouTubeで誰かが彼の名前と共に紹介していた記憶があったが、ここ金沢で再び巡り合うわけか。

 

購入後、この本全80ページの半分40ページを、例のあのカッコいい県立図書館で私は読んだが、わかったような、わからなかったような・・・。

もっと正直言うと、解ろうとする以前に、このセリフ『語りえないことについては、沈黙しなければならない』は、禅問答の『父母未生以前のお前はどこにいた?』という問に対する正解そのものではないか、とずーっと頭に来ていて、それは禅そのものが問題とする事柄の正解のあり方そのものようにしか思えず、後半の40ページを読むのが億劫な気がしてきた。

その意味で、『問』という字の口を『日』として閉じさせ、『曰く言い難し』の『日』にした上で、『智』だの『音』だの『是』だのにして佛語の言わんとする事を匂わせ、『覚醒起爆文字』として『漢字方程式』化した古の善智識は凄い・・・。と、

彼の哲学よりも、我が禅智識の先輩等に我が思いは馳せるのであった。

 

        

           昨日は福井の永平寺まで引き回された図

 

 

 

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タフな相方の流儀

思えば9年前に、定年退職記念帰国旅行を夫婦でしたが、そこまで遡らなくても昨年2025年の奈良旅行と比べても、今回の旅のイニシアティブ、日本旅行であるのだから、本来ならば日本生まれ日本育ちの私が握るべきところを、昨年か、一昨年来か『Chat-GPT』つまり『AI』を自家薬籠の如くなんでもかんでも相談し、強い味方としている相方は、私のイニシアティブを脅かす存在となってきたのである。

 

いずれにせよ、我々夫婦が旅をすれば必ずや『珍』の付く道中になることは覚悟していた。

そしてそれは早くも旅の一週間後にやってきたのである・・・。

我々はいつもの如く、Bookingcomで旅先の宿を予約していたのであるが、金沢での宿の料金を支払う時期に迫り、担当者の相方が入金しようとしたところ、クレジットカード決済で料金がすぐに支払われず、時間がかかることが発覚、あれ~どうしましょう・・・と言っている内にBookingcomはホテル予約を無情にもキャンセル!!

 

この時点では我々は東京にいたが、気分的には路頭に迷う・・・気分で、せっかく計画していた金沢一ヶ月滞在があわや水泡と化すのではと、暗い思いにおちいったが、そこは担当者の相方、責任の重さを認識したのか、再びBookingcomに挑み、旅行シーズン中につき埋まっているホテル予約をかいくぐり、3つのホテルに分割することで、宿だけはどうやら確保することができたのだ。

最初の予定では一か月間同じホテルに滞在してユッタリ過ごすつもりでいたが、まぁ金沢市内を三か所宿を移動することで、しなければ見えない特徴なんかも見ることができるかも・・・的な解釈で納得したわけである。

でまず、相方のAIを使用したイニシアティブにより、金沢から和倉温泉への小旅行計画を実行したのであるが、・・・Chat君によるきれいにオーガナイズされた温泉旅行計画は結局大失敗であった。 頭がいいはずのAiが、一昨年の能登地震情報を全く無視して計画した和倉温泉は、厳しい現実を前にして、なすすべがなかったのである。

つまり、一見何事もなかったの如く林立している温泉宿というよりビルの建物は能登地震によって使い物にならない建物で、今年中にも解体の予定であることを、地元のタクシー運転手さんが、悲しげに告げてくれ、一か所だけ開いている温泉(宿なし)へと我々を連れて行ってくれたのだが、相方の落胆といったら・・・

それは、一昨年の能登地震の大変さについて無知であった事と、なんでもAIの便利さに頼り、ある程度は信頼していたのが、肝心な情報が考慮されていない…間抜けな限界をまざまざと見せられたことへの落胆であったであろう。

和倉温泉などについては、私は現地の人々の情報を聞いてから判断しようと思っていたが、まぁ、せっかく相方がAIで計画したのだから、では行ってみましょうと実行したわけだ。

今回の旅でAIで痛い目にあったのは、相方だけでなく私も、AIを信頼するあまり大失敗をしていた。品川から金沢まで新幹線切符を買う事を、私はAIに相談していて、私が買った切符で品川から金沢へ行けると思い込んでいたところ、当日品川駅に行くと、それは東京駅まで行かなければ乗れません・・・と駅員に言われ、新幹線の出発時間に間に合わなかった、間抜けな事態が起こったのである。自分でちゃんと確認すべきを、AI任せで大丈夫と思い込んでいたことを大いに反省したわたしであった。

私たちは、最初の金沢ホテルを快適に過ごし、二番目のホテルに移行したが、そこで問題が発生…、2番目のホテルは一番高いにも関わらず、あらゆる点で問題があり、相方は『別なホテルを探す!』と夜中に私を起こして直訴。私はすでに支払ったホテル代を考えると、それは無駄だし、わがままであると一喝抗議。翌朝になると、『では私ひとりでも宿をさがすわ…』と宣い、まぁ、仕方がないかと宿の移行を私も了解すると、相方はホテル側、Bookingcom側に、ホテル移行の理由をAIに相談し、相手が納得できるような英文を製作して双方に送信していた。

その日の昼頃、どこぞのレストランで昼食中。ホテルの責任者からメールがあり、『アナタのホテル移行の理由はごもっともであり、了解しましたので、残りのホテル代に関しては返済します・・・』との連絡をもらい、我々はなんだか狐につままれた思いで、ええーっと、嬉しさがじわ~っとわいてきたのだ。

 

     『西田幾多郎記念哲学館』にてパフォーマンスする相方の図 

 

『アナタ、これもAIのアドバイス(ホテル、Bookingcom側を説得する文章』)のおかげよ・・・と、ちょっと誇らしげに、宣うのであった。

 

 

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