拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

2020-01-01から1年間の記事一覧

いよいよ混迷の年であった2020年が終わろうとしている… 明日から新年、何から何まで改まって新鮮な心持ちで出発したいが、Web上のウイルスと等しく、鬱陶しい病状のコロナウイルスを収束しない限り 我々の活動は蜘蛛の巣にからめとられ身動きできないでいる…

2020憤怒のコロナ(炎)

コロナに明け、コロナで暮れる2020年だった。 コロナは2020年に、単に偶発的に起こったウイルス禍・・・であったのか? コロナ禍から学ばなければ、私は禅者ではない、ならばコロナとは何であったのか… 『末法思想』という私にもほとんど馴染みのない言葉が…

風呂と禅

レマン湖の水面もその上の空も灰色一色、そのうえ北風ぴゅーぴゅー吹きすさび、湖の向こうのアルプスは吹雪いているようだ。 本日より我が街ローザンヌでは、約一ヶ月間レストラン、カフェが閉鎖・・・となると、まさに身も心も芯から寒さを感じる2020年コロ…

一切皆苦〜その2

昨日は不躾にも駄洒落(だじゃれ)で『クリスマス』を『一切皆苦』と語ったけれど、その後深く考えてみると 冗談から駒(コマ)のような発見… そもそも仏教の開祖である釈尊が『悟り』を開くことになったのも、若き日に人生における『四苦八苦』を観て、それ…

一切皆苦

Merry Christmas(メリークリスマス)・・・だけど、子供の頃は語感から『メニー苦しみます』…と密かに独り遊びをしたものだが 今年は冗談ではなく本当に『メニー苦しみます』だった。 それを仏教徒的に解釈するとまさに『一切皆苦』になってしまう。 この言…

『場』がない西洋

ヨーロッパのど真ん中、スイスに住んで来年で30年になる。 そうなると、色々故郷の日本を恋しくなる。 温泉やら和食やら・・・ しかし、そういったモノとは別に、西洋における日常生活の中で、何かが欠けているような気がずーっとしていた・・・。 私は長い…

『老い』が見せる『親切』

私は現在68歳、妻65歳…いつの間にか初老になってしまった。 私の両親はだいぶ以前に他界し、彼等が老いるとき、そばにいることが出来ず『老い』を見ることができなかった。 しかし、いま私の妻の両親の『老い』をつぶさに見せてもらっている。義父89歳、義母…

マスクの意味〜聖火(コロナ)がもたらすもの

東京オリンピックも予定され、色界(物欲の世界)が頂点に達すべき2020年、奇しくも『コロナ騒動』が起きた・・・。 そのことの意味を私達は真剣に『考える』ことこそが、『コロナ』の役割ではないのか?と私は強く思う。 コロナが人類にもたらした現象の中…

マスクの意味〜心境を練るコロナ

今年2020年はコロナに明け暮れした一年で、いまだ収束の時期がわからぬ不安な日々が続いている。 ヨーロッパに在住する私にとって、西洋人が日常的にマスクをしている風景を見ることは感慨深いものがある。 いまや、洋の東西を問わず世界中の人々がマスクを…

裏を見せ、表を見せて…

昨日、歴史上の人物で私が尊敬する人として5本の指にはいる『良寛』さんの俳句を披露したものの ちょっと、品の無い句を紹介してしまって…、良寛を知らない人が読んだら、まずいと反省。 禅の修行を終わった良寛は、寺にも入らず、ただ巷(ちまた)を彷徨し…

柿もぎの・・・

レマン湖畔の村 ルットリーの柿…2020版 先日、いつもの散歩道ゆくと、例年のごとく…というか、いつもより沢山『柿』がなっていて、例年のごとく誰も採らない…のを私は、不思議がった。 だいたい、フランス語圏のスイス人も『柿』のことを『Kaki』と発音する…

釈迦の『悟りの日』に思う…

今日、12月8日はお釈迦様が悟りを開いた日である。 2500年前の今日、釈迦は明けの明星を観て悟った…と言われる。 釈迦は前人未到の境地を悟って、人にその事のあることを教え広めた。 私は以前から『釈迦の悟り』について疑問に思っていたことがあった。 あ…

見えない触手

いつ立ち上げたのか?… 知らぬ間に、私は『東洋自分なり研究所』というのを立ち上げていた。 鍼灸の東洋医学を勉強し、ほぼ同時に禅修行をしていくなかで、自分なりに『東洋』の定義を考えたのであるが その行き着いた先には仏教があって、その原理は『慈悲…

生死事大

若き日は 明日を夢見る 案山子(かかし)かな その先にある 死は忘れても・・・ 一撮 30歳の時、坐禅を始め…やがて道場を運営する役を与えられ、開板という木版を朝晩叩いたものだ・・・ その木版(30x50cm)には『生死事大・無常迅速・光陰可惜・時不待人』…

『空』即是『色』

『・・・情報理論の教授が2枚の大きな絵を見せた。一枚は精密に描かれた中世の城とそれを取り巻く自然の様子 一枚は広々とした空の写真だった。教授はこの2枚の絵に含まれる情報量はどちらが多いかとたずねた。 正解は後者で、前者の10倍か20倍の情報量があ…

首都のベルンへ Go to…

昨日のブログで気づいた事…、自分は自慢気に西洋化してない…などと宣(のたま)ってしまったが それって、まったく自慢にもならない、むしろ馬鹿であることを公言しただけではないか?・・・と大反省。 ヨーロッパはスイスに住んで、西欧にまったく感化され…

レマン参道

来年で在欧(スイス)30年になる。 それなのに自分でも呆れるほど、全くと言って『西欧化』していない自分がいる。 逆に、改めて『漢字』に魅せられたりしている。反比例してフランス語は小学生2,3年生レベル… 確かに、このレベルでは西洋化は無理だわ。3…

アルバイト人生考

これまでの68年間の人生で、どれほどの職種・・・というより、バイト的シチュエーションを経験してきたかを数えてみた。 例えば、レストランでウエイターを2回、皿洗いを一回とすると、3回のバイト数とし、正社員として雇われたものもバイトとして 数えると…

『鬼滅』は『悟り』

今日は、二日前に書いた『現代における鬼滅とは?』その2 前回書いたことは、『鬼滅』の表層をなでただけ…であることを反省。 『鬼滅』…という語彙そのものが、仏教からの発想であることを認識しなければわからない。 『悟り』の表現に『解脱』があり、そ…

もう一つの『相対的理論』 E=mc2

今日は、『遊戯三昧』(ゆげざんまい)をしてみたい。 じつは私の辞書には『数学、物理』系の文字は一切ない。 算数も二桁の和算がようやっと出来るか出来ないかのレベル・・・ であるからか? なおさら、アインシュタインみたいな人の発見した公式 『 E=mc2…

現代における『鬼滅』とは?

『鬼滅』とは…聞いたことがないなぁ、『仏滅』なら昔日本に住んでいた時、カレンダーにそんなこと書いてあったけど・・・ 還暦を過ぎた年代であれば、こんなものであろう。私らの世代で『鬼滅』という言葉と、それがアニメであることを 知っている、ジジババ…

もう一つの闘い・・・

闘いにもいろいろあって、先日のRizin25(11月21日土曜)、の各格闘もすごかった。 朝倉未来が負けたことで、さらに新たなドラマが生まれた気がするのは私一人ではないだろう。 しかし、ここ一ヶ月間、私の目前で繰り広げられている『我が相方ニコルの闘い』…

魂の郷愁

私は今日、小泉八雲著『神々の国の首都』の第一篇『東洋の土を踏んだ日』を読んだ。 小泉八雲こと、ラフカディオ・ハーンは1890年(明治23)の4月に横浜に到着、8月に島根県松江に中学の英語教師として赴任 翌年11月に熊本の高等学校へ転任するまでの1年あま…

刃 (やいば)ー が紡ぐもの

Youtubeで今、日本で評判の映画『鬼滅の刃』の解説している動画を散見した。 アニメだし、鬼退治なるストーリーということで全く興味を持たなかったが、ボクの好きなYoutuber 『イチゼロシステム』 という、何時も高次元のテーマを早口で問題の核心をつく解…

宴の馳走の問

月一回…という定期の決まりもないながら、地元ローザンヌの曹洞宗系の禅道場を主催する道海坊と映秋尼と 我々4人での宴を時折もうけている。 彼等とは、初めてボクがローザンヌに来たとき、38年前?その頃ボクは日本で禅を始めたばかりの頃であったので、ロ…

コロナ禍無情

ほぼ毎日ジュネーブ領事より『スイス国内コロナ状況報告』を受けている。10月下旬から感染が増え だいたい一日平均4000〜6000人の人が感染しているようだ。九州ほどの大きさのスイスで、この規模の感染者数というのは 日本では考えられない数であろう。中で…

悟りの郷〜その3

前回、『悟り』は『郷里』と誤読せよ・・・と書いた。 (*仏教、禅に関する発言する時には私は自分を『馬骨』と名のることにしている) それには馬骨流の妄想に近い解読術によってであって、ただ単に誤読を勧めているわけではない。 『郷里』で待っている人…

悟りの郷〜その2

同名のタイトルと写真で2015年1月28日付けで何か書いていたが、その時の短歌以外は内容的に、悟りについては全く書いていなかったが 写真に書き付けた短歌の『悟り』については、自分なりに深まっていたようだ。 『悟り』というと、『一目おく』人も、同時的…

Mアニエスの『玉手箱』

週に2,3回、近所の公園を走っているが、3年前に定年退職してから昔のように走ろう…と思って走ったら 心肺機能が心配するほど機能低下していて、15年間運動『0』だったツケが回った、その恨みを今日のブログで 『玉手箱』と題して、老化現象のうさを晴ら…

拈華微笑2020

今年、世界は思いっ切り『諸行無常』に突入した。 それに我々はどう対処すればいいのか? そういった視点をもって新たに観自在してみたい。 このブログ名を『拈華微笑』としたのは、多分10年ぐらい前になるようだ。 ある日、お釈迦様が何時ものように弟子達…