拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

東洋自分なり研究所

『ドラゴン・ボール』の解明〜その2(素龍子)

前回の『ドラゴンボールの解明〜その1』で、自然(じねん)に放り投げられた『空球』を、自己内に留まった『色球』が追うことで、『道』が開ける・・・的なロマンじみたイメージは、馬骨をして漢字方程式なロゴの創作・発明に至った。 『問は道に至らせる』…

『ドラゴン・ボール』の解明 〜 その1

今や『ドラゴンボール』というキーワードは、私のような爺ィ世代から、Z世代のガキ等まで国境を超え、世代を超えてスピリチュアルの世界の入口に立つ者達にとって『Something』ではある・・・。 昨年2025年に、京都の東福寺で見かけたドラゴンボール図 『ド…

『慈悲』と『侘び寂び』

『侘び寂び』・・・、爺ィの歳になると、この『いぶし銀』のような解ったような解らないような、何気にシブ〜イ言葉を使い回したい欲望が沸々と湧いてくる気がする今日此の頃。 かと言って、インターネットに繋がっていないと『侘び寂び』どころか、『バカー…

『ジャポン!』にチューニングする時代

先日、Youtubeで日本科学情報の『重力はすごい』…を観た。 一見平易に語られる解説はニュートンの『万有引力の法則』から始まってアインシュタインの『相対性理論』を経てブラックホールの存在による計算不能で予測できない宇宙をなんとか一つの公式で解明す…

覚醒プログラムとしての『禅』

『禅とは何か?』・・・禅者の端くれとして、私は年初に当たりこの『問』を私自身に発しなければいけないのだと思う。 同様なタイトルの書物をこれまで何冊か読んだであろうが、役に立っているのか?どうか? 私の実感としては、自身の体験を反芻、精査し、…

佛理覚的『慈面』2026

皆様、あけましてあけましておめでとうございま〜す。 私が住んでいる現地(スイスフランス語圏)では Bonne année (良い年を〜)!と正月に挨拶しますが、日本語の『あけまして』が『開ける・明ける』というニュアンスが『重ね合わせ・もつれ』になった感が…

失われた『記憶』求めて…

毎日が日曜日…のような私にも、いよいよ年末も残すところあと二日となった。 一般的にヨーロッパ人よりも日本人は『年末・年始』の意識が強いように思う。 日本人は、師走だ!忘年会だ!大掃除!とかなんとか言って、自分等を年末にむかって追い込む文化があ…

『キリスト』と『無』

先日、スイスドイツ語圏 ‐Solothurn‐ へ行った話をしたけれど、その時に訪ねた教会のイエス・キリストの絵画を見た時、キリストの身体が十字架にうなだれている姿を観て、私の家の寝室にここ何年も掛けられている細長い書『無欲一切足』の崩した書体の『無』…

悟りの郷

昨日、相方の姉の家に集まり、クリスマス会をした。 姉の娘の息子3歳を中心に、この年末の無事を7人が集って、お祝いした。 昨年、一昨年と続いて相方の両親が他界したこともあったが、三十数年前のクリスマス会は相方の父方のファミリーが30人ぐらい集っ…

人生の究極プレゼント 〜 禅問答

73歳という、自己の人生を省みることができる年齢まで生かされてみて思うのは、生まれた瞬間から『私は何のために生きるのか?』という『問』を探し出す為に懸命に生きてきたように思う。 『答』というのが、『問答』という言葉のように表裏一体になっていて…

馬骨『 般若智=HI 』試論… "漢字ビット"

昨日、Youtube動画で『PIVOT TALK SCIENCE〜ゼロから学ぶ量子コンピュータ』と題した、量子コンピュータでは日本の第一人者、大阪大学の藤井啓祐教授の話を拝聴していた。 私は本来、無学であるから『量子コンピュータ』というか『量子力学』については何も…

『坐』= 精神と時の部屋

いまやどこの国でも『分断』が流行っている。 かつて鳴りをひそめていた『分断』が、まるで火山噴火のように地球上のいたるところで噴出し、あわや第三次世界大戦が起きるのでは・・・と、感じさせるところまで来ているような… インターネットが普及したころ…

人は何故『山に登る』のか?

2週間ほど前にYoutube番組『ReHacQ(リハック〜楽しい人生研究講座)』にて探検家の角幡唯介氏、その彼をリスペクトしているという俳優の東出昌大氏と司会の高橋弘樹氏との会談のなかで、『何故、冒険(探検)をするのか?』という至極ベーシックな司会者の…

12月8日は『佛理覚の日』

今朝は3時頃、目が覚め何故か『色・空』の『重ね合わせ・もつれ』の可能性について、寝床にいながら考えるともなく考えていたが、5時半頃になって今日は12月8日で釈尊が『お悟りを開いた』日であることに気づいた。 朝食後、ブログ編集画面の『こよみモード…

『木』を見て『森』を見ず…

『 禅修行を10年やりました…』と言うと、寺で雲水(修行僧)としてみっちり修行した・・・と思われるであろうが、私の場合はそうではなく、居士(一般の修行者)として最初の5年は土日坐禅会の一泊二日の修行、後半5年は老師の指導を受けて毎月の一週間の僧…

Netflix 『俺たちブーツ』を観て

10月に配信が始まったNetflix『オレたちブーツ』を観て、禅修行時代を思い出した。 " data-en-clipboard="true">映画は、元海兵隊員Greg Cope Whiteの回顧録『The Pink Marine』が原作で、1990年代アメリカ海兵隊の新人訓練の様子が中心となり、主人公キャメ…

 『生臭坊主』考

清浄(しょうじょう)でなない、俗気の多い僧侶を口汚く罵る言葉『生臭坊主』・・・。 『悟り』というようなモノを突き詰めていった時、どうしても『無』に突き当たるわけだが、この無機的な『無』がひょっとした拍子に『空』に転換するというか昇華するには…

滅・声・示(メッセージ)〜武器は時を開く

私はまだ、例のSF映画『ARRIVAL・メッセージ』を語りきってないようで、それについて『語れ!』・・・と『滅声示』があったような…? 私のブログの総タイトルというかテーマが『拈華微笑』であるが、これって言わば『滅声示』だよな、とあらためて考えた時、…

 『遊戯三昧』は創造性のパラドックス?

先日、Youtube・Pivot 番組で、アメリカの『AI』研究者ケネス・スタンリー氏とジョエル・リーマン氏の共著である『目標という幻想(パラドックス)』をもとに、著者であるご両人にPivotの若く機転の効く女性司会者がインタビューする動画を拝見してとても面…

 現代『玉手箱』考

『浦島太郎』のおとぎ話・・・一体、どれくらいの世代まで通じる話だろうか? 『磯辺で子供たちにいじめられていた亀を助けたことで、竜宮城に招かれ歓待を受け大いに楽しんだ後、地上に帰ってくると300年(?)が過ぎていた…、その時、乙姫さまから土産に貰…

 『 HAiの思想 』ーその2ー

先日、私のブログ・過去『記事の管理』というのに、『HAiの思想』というタイトルを見つけ読んでみると、我ながら面白い発想・・・と、再考を深めてみるに、案外に重要な内容ではないかと思いさらに探究することにした。 このブログ記事に、Aiとは『人間の知…

 『武器』は時を開く

ここ数日で、映画『Arrival・メッセージ』を吹き替え版2回、字幕版1回と連続して観た。 この映画は過去にも何度も観て、ブログ記事としても3回上げていた。 ① 2021 7/3 映画『メッセージ』を観て ② 2022 9/11 ARRiVAL・到達 ③ 2023 5/10 考えるな、『…

 『観境』問題(1)

私が30歳代で禅修行中、いまだ禅の何たるかも全く知らない当時、老師の提唱を聞きながら『これほど重要な「禅」が、何故こんな世界の片隅の寺でほそぼそと語られなければならないのか』・・・と、不審に思ったことを思い出していた。 そもそも私はオッチョコ…

『手作り仏教 』by 禅

ほぼ無学に近い浅学な頭で考えるに、 仏教の三法印〜諸行無常・諸法無我・涅槃寂静・・・の内、『諸法無我』というのが最大の問題であり、仏教を理解するうえでネックとなっているとした時、そこを工夫に工夫を重ねた仏教徒たちは、そこを何とか解決しようと…

 花さか爺ィ(その1)

先週の土曜日(10/18)、友人の指圧師の彼女がオーガナイズした『禅とは何か…』的な講義会を催し、私に好きなように話す場を与えてくれ、彼女を含め6人の女性が集まってくれた。 これは、私の長年の念願が34年ぶりに実現した・・・小さくて、大きな出来事で…

 生"命"の音

『命』という字に込められた真意は、『佛理覚』による『漢字方程式』で解くほかない…。 私たちは、『一つ叩き』=『命』という『音』と共に生まれた・・・と佛解読。 であるから、私たちの『DNA=Dignity・Nature・Absolute』は、『音』の解明に人生をかけて…

 佛理覚を解く『漢字方程式』

私と同世代の日本人物理学者が、何やら大変情熱的に『心を数学で解き明かす…』的なことを宣っているYoutube 動画を拝見して、私はビックラこき、同世代のこのジジイに対しわけ解んないライバル意識を爆発させた結果、『物理学』に対して『佛理覚』、『数学方…

もう一つの環『観』境

先日来、『予次元・観』などと、いい加減な事を言い出し、そういう『次元』に覚醒すべく結界的象徴がふんだんにある日本に比べ、私が住む欧州では皆無のような気がしている今日此の頃、そういった環境の違いについて想いを寄せてみた。 冷静に考えてみると、…

 昇華の『華』

人間は何のために生きるのか? ・・・こんな深刻な問を抱く前に、『禅』に出会ってしまった私。 修行中は無理会(むりえ・・・つまり無)に向かって、全力だった為か、このような問も浮かぶ前に刈り取ってしまっていて、考えたこともなかったっけ。 39歳のと…

『予次元』・・・観

私の中では、『考えるな、漢字ろ』は遥かに昇華し、『考えるな、観じろ』となっている。 観自在にせよ、観世音菩薩にせよ、何を『観』じているのか? そのへんを探究するうちに、『予次元』観という、我ながら『蛇足』と思われる新造語を作ってしまった。そ…