拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

東洋自分なり研究所

天上の龍

この一ヶ月の金沢滞在というのは、たぶん私の1,2年分のブログ・ネタを提供してくれているんではないかと思うほど、毎日何かが起こって、どのネタから書いていいの困っている感じだ。 だいたいスイスにいるときは、どちらかと言うと家に『引き籠り』する質…

獅子舞と屯田兵

刑事(デカ)は足で稼ぐ・・・じゃないが、馬骨(というか、相方)の行き当たりばったりの無計画旅行というのも、意外に私が考える色界でのアイデンティティ解明の為の旅になっているのでは…と思えるような、現地を自分の足で回らなければ、決して得られない…

語りえないことについては・・・

金沢では、ゆったりまったり一日をノンビリ過ごすのが私の計画の一端ではあったが何故か相方にあちらこちら" 引き回しの刑 ” 如く引き回され、まぁそれなりに充実しているともいえるが、大拙の郷里であるし、何か深淵な沈思黙考の海に沈み込むような時を・・…

大拙の街 ~ 日本再発見

昨年、奈良に一ヶ月の長期滞在で『古佛巡礼』と洒落てみたので、今年は金沢に一ヶ月で『日本再発見』と洒落てみることにした。 ・・・というのは『洒落』というか、9年ぶりに我が『鈴木大拙館』を訪ねたところ、彼の思想を紹介するテキストとして著書『大拙…

I'm『骸骨人』in the earth…

定年退職後、このブログを書くにあたり、居士名を『馬骨』にしたが、思い返すと私の極初期の写真作品、自写像の作品のタイトルが『骸骨人』であった。 そもそもこのタイトル『骸骨人』が、どこから来たのか? そこを考えると、何故私が自分でも意外にも『骨…

基本は生死

昨日(3∥25)は、三十数年ぶりで井の頭公園の桜を見ることが出来た。 やはり桜は日本人”性 ”を否応なしに喚起するものなのだろうか?それとも文化的洗脳なのか『はかなさ』や『もののあわれ』のようなモノを感じさせぬにはおられないようだ。 本当に『あっ…

仰げば尊し…

今回の日本への旅は、今更ながらの『我が師の恩』感謝表明の旅ともいえる…かも。 この歳になって(もうすぐ74歳)、ようやっと『礼』をかろうじて言える年頃を迎え、これまでしていた、失礼を侘びすべての恩師にたいして『感謝の意』を表することができた気…

千尋の谷へ突き落す・・・佛の慈悲

世に『産み落とす』という言葉があるが、事実は『佛』が赤ん坊を千尋の谷へ突き落とす。・・・とは、私は居士名を馬骨にするまで、知らなかった。 千尋の谷を、登るのもよし、谷底に留まるもよし・・・そこは各自の『自由』で、まさに『自然の掟』となってい…

『 今日は 』の国

昨日(3/19)は、北鎌倉は円覚寺、そして懐かしい居士林を訪ね、一撮。 相方のニコルにとっても約二年ほど、私と共に通った思い出深い居士林であり、私以上に感激していたが、当時お世話になった雲頂庵和尚にあって挨拶したいと言い出し始めた。私は根が恥ず…

常不軽菩薩のつぶやき・ぼやき…

まるで私の日本旅行を狙ったかのように、アメリカのトランプ政権はイランを攻撃、北海道に滞在していた一週間のうちに戦況はより深刻さを増し、日本だけではなく世界中のガソリン価格を一気に引き上げ経済的打撃を与え大問題に発展している。 私は一昨日、北…

『山門』への道

『自ずと示された道は、自ら歩むことで到る・・・』 とは、このブログの副題。 今回の帰郷で、私は禅寺のことを『山門』と称する理由がわかった気がする。 どんなに平地にあっても禅寺は『山門』なのだ。 郷里では、その『郷』の字が示すべく 解字~ご馳走を…

馬骨『禅定』論 …

禅修行で最も大切な心構え、三学と言われている『戒・定・慧』・・・というもの。 私自身は、このことがあるのを禅書で学んだような気もする。 現場である寺では、警策を持った和尚が坐禅している私たちに『坐禅が終わって、立ち上がった瞬間に、せっかく身…

直感の森

2月28日アメリカのイラン攻撃が始まったが、それは4年前の2月24日のロシアによるウクライナ侵攻を思い出させ、それでなくとも世の中十分『混迷』の最中であったのに・・・。 だからこそ・・・なのか、私は再び釈迦が『悟り』に至った事情について思いを馳せ…

『諦める』か『明らめる』か、それが問題だ!

『 死に際の ドラゴンボールを 追う絵図は 諦めべからず 北斎遺言 』馬骨 先日、Amazonプライムで『おーい応為』、というヘンテコリンな題名の映画を偶然みた。 それが、かの有名な北斎と、その娘お栄(応為)のストーリーとは知らずに見始めたので、映画の…

自由に縁起

どの著書であったか、松岡正剛さんの本に『釈尊の悟りとは、つまるところ縁起である…』というような ことが書かれていて、断言している彼の確信に衝撃をおぼえたものだ。 というのも、仏教書を読むと『十二縁起』に行き当たり・・・ 『比丘たちよ、縁起とは…

『 戒・律 』考

私はいまだに詳しい事情は知らないが、生みの母親、育ての母親の間に育ち、父権の介在しない家庭で育った・・・ということもあり、そういう意味では良くも悪くも『放任』的環境だったわけで、貧しさからくる制限はあったものの、今で言うパワハラのような上…

二っの『無明』レポート

仏教に『無明・むみょう』という佛語があり、馬骨解釈によると 『生まれ持った仏性に寄り添わず、むしろ背を向ける生き方をする者たち』…の事になる。 『自灯明・法灯明』を説いた仏陀の教えから、『郷理の道』には『灯明』があり、『道』からそれた場合『無…

『 生老病死 』考

昨日、Youtube動画で高名な仏教学者であり、真宗僧侶である佐々木閑師の仏教講話を拝見した時、つい先日ブログ(悟りの郷理1月29日)に書いた真言密教僧侶、松波龍源師の話を思い出し、ハハ〜ん仏教講話というものは、先んず導入部として『生老病死』が説か…

『無』の字解読

いよいよ『無』の字について、佛語漢字方程式を解く時が来たか・・・。 まさか、自分にそんな時が来るとは?仏様でも知らなかったであろう…。 しかし、この『無』について語る前に、どうしても読み上げたいお経がある気がしてる。 それは、時折修行中寺で読…

『 南無 … 』の初期化

私はこれまで『色空』の『空』にとらわれすぎて、『無』の大切さをないがしろにした… 『無』について考察すると、当然の如く『南無』の古(いにしえ)の教えに行き着く。 【「南無(なむ)」はサンスクリット語の namo(ナモ) に由来し 「敬礼」「帰依(き…

『 力を貸してください … 』考

私の人生において、初めて『尊敬する人物』が『マハトマ・ガンジー』であったことは、我ながら今だに誇りに思える。 私が30歳の時(1982年)に観た、リチャード・アッテンボロー監督映画『ガンジー』に激しく心を揺さぶられた事を昨日のことのように思い出す…

『仮想・現実』と禅

いつもレベルが高すぎて話の半分も解るかどうか? で昨日は久々に彼らの動画『イチゼロシステム』、今回のテーマ『シュミレーション仮説 "この世界は現実ではない"』を観た。 『仮想現実』という言葉は、映画マトリックス(1999年)で衝撃を受けて以来、人々…

不退転の『赤いピル』…

誰も私に問うことのない『禅とは何か?』・・・という問 仕方がないから、私は自分に問うては、自分で答えるのだろうか。 しかし、自分に問うと言っても、切羽詰まった感じで問うたわけではなく、問うた覚えはあまりないのにも関わらず、『不退転の赤いピル…

『ゾンビ〜現象』にみる『自縛霊』

『スイスにいるんだ…オレ?!』って、ふと気が付く時が、たま〜にある。 先日もあって、久々に我が愚脳のオンボロ『還暦スキャンGPS』に、『生まれてから今日までの移動状況』を入力してみると、面白い現象が観えてきた・・・。 最近『悟りは郷理』・・・な…

『悟りの 郷(サト)理 』論

今日のこのタイトル・・・、無学な者ほど、いっぱしの学術的『理論』風、術語を弄ぼうとする自分がカワイイ…というか笑えてくる今日此の頃。 現代の博覧強記を自認しているであろう、読書家で、頭の切れる青年感を出している深井龍之介…(本名なのか、自称か…

Final『?』と首

前回のブログ記事で相当に『?』にこだわっていた自分であるが、ちょうど2年前のブログ記事も『?』があって多少驚いたが、つまりは『?』は私にとって公案のようなものなのだろう。 ということで、再掲載してみようと思った次第。(以下再掲載・・・あしか…

『?』は『キー』ワード

観自在菩薩ならぬ、漢字在凡薩の馬骨としては、『問』の字は『佛語漢字方程式』において最重要漢字であるが、同様の意味を持つ西洋産の『?』マークは、漢字ではないが、『佛理覚』的には人間を『郷理(サトリ)』に至らしめる『素龍子・印』として『佛語漢…

『禅』という Final Answer

私は今、スイスのレマン湖畔 にある小さな街の小さなアパートの、日本風に言えば3畳間の書斎で、たった独りで『禅〜!』と叫んでいるような気がしている。 もしかしたら、私の家に掛かっている掛け軸の『独坐大雄峰』・・・と言った坊さんも、そんな気持ちの…

『ドラゴン・ボール』の解明〜その2(素龍子)

前回の『ドラゴンボールの解明〜その1』で、自然(じねん)に放り投げられた『空球』を、自己内に留まった『色球』が追うことで、『道』が開ける・・・的なロマンじみたイメージは、馬骨をして漢字方程式なロゴの創作・発明に至った。 『問は道に至らせる』…

『ドラゴン・ボール』の解明 〜 その1

今や『ドラゴンボール』というキーワードは、私のような爺ィ世代から、Z世代のガキ等まで国境を超え、世代を超えてスピリチュアルの世界の入口に立つ者達にとって『Something』ではある・・・。 昨年2025年に、京都の東福寺で見かけたドラゴンボール図 『ド…