拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

写楽斎の人生で最も長い一日 27年前の7月14日

 今となっては ほぼ断片的な記憶が 穴の開いたチーズの如く しかもそれが事実であったか
 どうかも確認しようもない我が事ながら 毎年7月14日を迎えると 27年前初めてヨーロッパは
 パリに着陸、夜中は何時であったかわからない時刻にクタクタのになって 今いるこの街ローザンヌ
 の大きな駅にたどり着いた一日を思い出すのだ。

 ここヨーロッパに来たのも 神の悪戯(いたずら)。ボクの鍼灸の先生のところに3人のスイス人
 男女が訪ねてきたことがその発端となった。今考えるとキューピットの「矢」というのは恐ろしい
 威力で 彼等が滞在していた多分一週間のうちに 思いもしない恋が炎となって燃えた・・・。

 それまでボクの辞書に“ヨーロッパ”という文字はなくアメリカはニューヨークにばかり目がいって
 いた時期だったし、彼女と恋に落ちてもその場その時の出来事と思っていたのに、翌年になって
 スイスに遊びに来ないか・・と誘いの手紙がきて、スイスやヨーロッパに対する何の知識もない
 まま飛行機に乗り込んでいた。 機中隣の席にボクと似たような境遇の日本女性がいて彼女と共に
 眼下に広がるパリ郊外の豊かで美しい田園風景を興奮して見たのが懐かしい。

 空港から目的の駅まで行く苦労、やたら人の多いリヨン駅、それもそのはずパリ祭でバカンスに
 繰り出す人で普段よりよほど人が多かったようだ。今考えるとボクも本当に馬鹿で、スイスまで行くのに
 日本でいう新幹線、TGVの存在すら知らず、どうやってスイスのローザンヌに行くのかさっぱり
 わからずに困った。電話もかけ方がわからない。英語で尋ねても誰も親切に教えてくれなかった。

 だからどうやって夜遅くに ローザンヌ駅に着いたのか そこのところの記憶が抜け落ちているが、
 アラブ系の男がズーッとそばにいて親切に教えてくれた記憶がかすかにあるのみ。

 いま夜10時半を回ったところ、この写真のレマン湖の向こう側はエビアンで、パリ祭の花火が打ち上げられている。