したものの”さえずる”こともなく来て、ごく最近デタラメ俳句がキッカケで親しみが深まった
ことはすでに記した。(ボクがかなり遅れてきたオッサンであることの自覚は十分にしている)
この携帯の小さな窓が 少しずつ大きく、深く 開け放されてゆくのが 急に感じられる
ようになった。どっから どのように 迷い込んできたのか 日本から 色、形、様々な
素敵な小鳥どもが集まってくるようなのだ。
今、日本は大変な困難を迎えているのに、これまで日本人一人ひとりの 生の声が全く聞こえて
くることがなく、ボクのように遥か遠くに住んでいる者にとって 日本の出来事がまるで
“抽象絵画”を見るような こちらの勝手な解釈で納得しなければ 何とも言いようのないもので
あったのが、 このツイッターのお蔭を持って わが祖国の人々の生の声が聴ける幸運を強く
噛みしめている。 苦しみ、悲しみ、そして喜びも分かち合える このツイッターという装置
に出会えた絶妙なタイミングを 誰に感謝したらよいのか。
