それが故にあまりに悲しいニュースに取り囲まれなければならないという
一面があることを、この週末にイヤというほど見せつけられた思いがする。
日本の放射能問題をはじめ、アフリカの干ばつによる飢餓、ノルウェーの大量殺人、
中国での列車の転落、エイミー・ワインハウスの死・・・などなど。
今年は あまりに悲しい出来事が 多すぎるのでは ないだろうか。ボクが気が付かないだけで
毎年こんなものなのか?
かと言って、 ニュースをシャットアウトした 社会で 住む気はしない。
無力感に心を痛めながら、悲しみ、苦しみを分かち合う場所にいたいと思う。
祈りしか残されていなければ 祈ろう。
