拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

落ち込み中

  ボクの辞書に「落ち込み」という言葉は 無いはずなのだが 日本の事を思うと
  気落ちしない方がどうかしていると、やはり落ち込んでいるようだ。
  それも 何年か後には良い方向にどうにかなる、というならまだしも
  何十万、何百万年という単位で毒が消えない・・・。
  そんな状態なのに 瓦礫処理拡散とか 食べて応援とか わけわかんない馬鹿なこと奨励している
  同胞がいることに 深く落胆する。

  枯れ葉は散ってくるし、仕事は例年に無くやたら忙しいし 体も心もくたびれている。

  そんな中で 写真のことを考えた。

  写真=真を写す・・・と読むと 何と真が写ってない写真が 多いことか。
  だから 写真であっても ボクから見れば写真とはいえない 写真が存在する。

  写真=真(心)が写る・・・と読むと 写真を撮るものの 心の状態が鏡のように 
  写しだされる、という意味では  真を写すといえるだろう。

写真とは 上手く言ったものだ 撮るものの 心がそのまま 写ってしまう。