二人の子を持つ女性が神社と寺の違いを子供に聞かれて困ってしまった・・・という話から、仏教って『よくわからんね〜』という結論を聞いていて
ボクは内心ビックリした。
三十歳になったばかりの男性は、釈迦が仏陀になるのに何世紀にもわたって生まれ変わり死に変りして仏陀になったという話をしたり顔で話した。
最近、アベ総理が『云々』を堂々と『デンデン』と読んだ・・・という話とかぶさって悲しいようなおかしい様な気分。
この話がスイスでなされている・・・という所が一つのツボであると思うが、若くして海外在住者になった時、自国の宗教を含めた文化を充分に実体験していない場合
日本人ではあるけれども、どうなんだ?という気もしてくる。
日本人度合いの『段階』なんて言うものなど、生きる上でほとんど問題になったりしないわけで、どうでもいいようなものの、一般教養以前の『生き方を問題』にしている
仏教に対して一般市民が無教養であるというのは、坊さんの責任が大きいとあらためて思ったりする。
しかし、自分のことを考えても人のことをどうこう言えるものではない。
鍼灸の東洋医学を勉強することが縁で禅仏教への道が開けたのと、海外へ行く前に日本文化を多少でも学ばなければ・・・という意思は持っていたものの
こういった縁がなければ、日本のことを何にも知らない日本人だっただろう。
そしてこういう時、禅修行時よく読まされたお経『開経偈』の一文を常に思い出すのだ。 『百千万劫にも遭いおうこと難し・・・」
*ちなみに劫という単位は、天女が百年に一度舞い降りてきて40里四方の岩を羽衣で撫でて擦り切れて無くなる時間を一劫・・・という話を当時の老師から聞いた。
仏縁と言うものはそれくらい、得られるものではない・・・という事が、すでにお経に書いてあるのだから坊さんを攻めるわけには行かないと言いうことか。

よくぞ、ボクなんかに『仏縁』があったものぞ・・・・と考えて還暦した時、ずーっとずーっと昔、ボクが多分3,4歳のころだろうか?
育ての親の菊池の母さんの母、つまりおばあちゃんがよく行っていた曹洞宗の寺、しかし、何故かよく覚えているのはおばあちゃんの友人の
春日のおばあちゃんの御詠歌を歌っている姿と声なのだ。(多分ボクのおばあちゃんはボクがもっと小さい頃亡くなっていたのだと思う)
手に鐘をもって小さな鎚でチ〜ンと鳴らしながら御詠歌と言うものを歌っているのをうっすらと覚えている。
その御詠歌というのは、仏の功徳、教えを57577の短歌形式で詠んだ歌であると・・・とネットに書いてあり、Youtubeには
曹洞宗の御詠歌『梅花流』があって、見ると記憶が蘇る。
そうか、案外ボクはこの頃すでに仏縁の洗礼のみならず短歌の洗礼を受けていたのだろうか?

以前に一度アップしているが、ここにあらためてボクの御詠歌として・・・