カテゴリー『娑婆惰罵駄』の一回目『間具合』の続き(内容ではなく、時間的流れにおける)である。
写真学校を卒業して田舎に帰ったものの、することがない…と観念した私は、一年後に神戸にとんぼ返りした。
写真学校へ通っていたころ、5年ほどお世話になった牛乳屋さんのある灘区六甲道…あたりはよく知っていたが、
今回はちょっとハイソサエティ感のある山の手の阪急六甲側に住んでみようと、安いアパートを見つけた。
大家さんは中年の独身女性で自宅を三等分して、自分が住む部屋、残り2部屋を貸家にしていた。
大学が近くにあったので、学生目当てに貸家にしたような部屋なので、狭いといえば狭いが
入り口に約一畳のキッチン、その横にトイレ、6畳一間…が全ての・・・考えてみると、生まれて初めて
正真正銘、一国一城の主(あるじ)になった感満載で嬉しかったことを覚えている。
で、仕事をどうしよう…ということで、どういう経過を経て決めたのか残念ながら覚えていないが
なんと、すぐそばの山にある『六甲山ゴルフ倶楽部のキャディ』…夏だけであるが、住み込み可のバイト
がある…という情報が入り、早速申し込んだ。
主任のおじさんは人の良さそうな人で、『ゴルフはやったことあるかね?』と、聞くので『いや、一度も有りません』・・・
『まぁ、すぐ慣れるよ…』と、学生とか若いアルバイターに慣れた様子で、仕事内容、寮生活の注意事項などを説明してくれた。
第一日目、曇っていて、というより、霧で5m先が観えない日であったので、今日は仕事なし…であろうと思っていたら、
何時に何名様くるので、『行って来い』と命じられ、初陣の気持ちで3人グループのお客に合流、ホームから前方にある小山に向かって
玉を打つものの、前方が全く見えないので3人のおじさんがバラバラに霧の中に消えていった。
そうそう、このラウンドを始める前にお客に自己紹介したとき、たぶん初めてキャディすることを話しているはず?
であるが、一人の客がボールを見つけた処に立って、私に尋ねた『ここから、次のホールまで何ヤード?ですか』
『そもそもヤード…っていう単位が分からないし、次のホールがどこにあるかもわかりません…』とは、言いにくく焦った・・・
そこまでは覚えているが、その後のことは記憶喪失になっていて、今は残念ながらまったく覚えていないのだ。
ゴルフ倶楽部寮にはベテランのKさん、若者のロックミュージシャンF君と私の3人だけ。あとは、毎朝バイクや車などで下界から
バイトをしにくる学生や若者たちであったから、夜は我々3人で色々な話で花咲して結構楽しかったが、ゴルフにまったく興味を
持っていない、キャディは日焼けして真っ黒になるだけであった・・・

ベテランキャディのkさん…、私は幸いにもこのバイトのあと、写真学校から助手の仕事をオファーされた!