福岡伸一著『最後の講義』で、福岡先生は『動的平衡』が『生命』である・・・と言っている。
本には、『動的平衡』を説明するにあたり、『ベルクソンの弧』と称する、ある角度の直線とその線上に約60%程度の円が描かれ、
一方は合成作用が働き、もう一方は分解作用が働いていて、エントロピーの増大に抵抗している…という図が示されている。
この説明を読んでいる時、私は修行時代に自宅で坐禅した時に時計代わりに時間を測る為に使っていた『線香の赤い光』の事を思っていた。
そしてその頃、何時とはなく、この『線香の赤い光』が『生命』ではないか…と思ったことを思い出していた。
夜一人で坐禅している時、足がそろそろ痛くなった頃、あとどのくらいで線香は燃え尽きるだろうか・・・とチラ見を何度しただろう。
そうしているうちに、真っ赤に燃える部分が燃え尽きる最期の最期まで『最初の赤い光』と全く変わらない『燃質』に私は感心していた。
そして、私にとって『生命の燃質』は何歳になろうとも『全く変わらない』・・・という『生命観』をいつの間にか持っに至っていた。
そりゃ〜歳を取れば身体はよぼよぼになるが、燃えている生命の『燃質』というものは赤ちゃんと同じであると私は思っている。
したがって私にとっては、『燃える線香』が『動的平衡』であり『生命観』で、それは『坐禅』によって得ることができた『妄想』ともいえる。
ところで、先日のスイス国民投票で『生前特に拒否をしていなければ、死後誰もが臓器ドナーになれる』に賛成が60%で、法案が通り
法が整い次第(いつかは知らないが)実行されることになった。
奇しくも福岡先生のこの著書に『脳死』のことが書かれ、『脳死は、臓器移植のために死の地点を前倒しするという、機械論的な生命観に
基づく生命の分断なのです』・・・と批判している。
この『臓器ドナー問題』日本で仮に国民投票をしたら、どんな結果になるのだろうか…非常に興味がある。

ところで、上図は『スイス天候のアプリ』による『花粉分布図』であるが、わが街Morges(モルジュ)もほぼほぼ真っ赤よりは
少しましな、橙色・・・というわけで、私は恒例の『花粉によるいじめ』をたっぷり受けている真っ最中である。
今日などは27度という暑い中、ただ一人マスクをして歩いたが、コロナのおかげで、マスクをして歩いても
変に思われない・・・という唯一のコロナ利点を活かすことができた。 花粉よ去れ!!!・・・たのむ…