拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

嘸録者の失笑…

これぞ諸行無常、あまりに絶妙なそのタイミングに、嘸録者(ブロガー)である私は失笑を禁じえない。

私はブロガーとしての意識を高めるべく(?)生まれて初めて嘸録者(ブロガー)として名刺を作成した… 

というようなブログ記事を、じゃっかん誇らしげに先日アップしたばかりというのに

 

2日後の今朝、『お知らせ〜 goo blog サービスは2025年11月18日で終了』・・・って、ええ〜っ、ちょっと待ってよ。

なに、このタイミングの悪さ! ブロガーがいかに多いといえども、私ほどのタイミングで『ハシゴを外されたブロガー(の気分)の者』はいないはず。

 

さすが、嘸録者『馬骨』・・・と、『拈華微笑』ならぬ『拈華失笑』をする馬骨であった。

 

まぁ、これも一つの何かの区切りなのであろうか・・・。 

いまだ私の名義で残されている、『はてなブログ』への移行となるであろうか?

 

        

 

我が街、モルジュでは毎年恒例の『チューリップまつり』が催され、遠路はるばるドイツ語圏からもスイス人が群れをなしてやってくる。

私も、モルジュの『チューリップ祭り』にはこの街に在住する以前から、何回か訪れていたが、気持ちのどこかでは『たかがチューリップ』と軽く見ていたのが、

在住して毎年観ていると、『よくぞ立派に咲いてくれました…』というような『有難い』気持ちが湧いてきて、自然と感謝している自分に気付く。

(まぁ、仕事している時はゆったりとチューリップを味わう気持ちの余裕がなかった・・・ともいえるが)

 

で、沢山の人が美しいチューリップを写真に撮ろうと、この写真の人のようにチューリップをド・アップに迫ってカメラを向ける・・・わけだ。

ほとんどの人が例外なく、このような形でチューリップの写真を撮ろうとする風景を観ていたら、円覚寺の老師から頂いた短冊の詩を思い浮かべ

『花も美しい、月も美しい それに気付く心が美しい 』と詠んだ老師の心音(こころね)がようやくわかった気がした…。