拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

意・間・人(Imagine)

 禅が『不立文字』をいうのは、根本的に『悟り』を言葉、文字で表すことが出来ない…というより、する必要がない・・・し、その方が間違いなく伝えられる、と考えたからだろう。

その典型が『拈華微笑(ネンゲミショウ)』の以心伝心の逸話のいきさつだ。

 

しかし、人間は工夫なしにいられない生き物だから、『サトリ情報』を仏語をあみだし、経典にして後世に文字、言葉として残したわけだ。

最初は古いインドの言葉、サンスクリット語やパーリ語で書かれた経典があみだされ、多くの人々に影響を与えたであろう。そしてその仏教経典が中国へ伝わる際、表意文字である漢字に仏教の不立文字の真髄を『仏情報』としてそれまでになかった漢字を創意工夫して、『仏情報』を幾つかの漢字に組み込み、新漢字として流通させた。(これが第一漢字性)

 

その代表例が『意』であり、坐禅の瞑想によって得た『世音』に自己の『心』を寄せることで生じる『意識』を仏性としたが、『音』が響きとして生じるためには『間』が必要であった。

それには『問』が必須で、その問うた口はすぐさま閉じる(日)ことで、『間』ができる・・・ことを、『間』の漢字は経緯として表現しているのだ。

 

私のこの支離滅裂な発想は、そもそも我らが祖先が、中国から仏教と共に輸入した文字『漢字』をなんとか使いこなそうとする過程で、『万葉仮名』という支離滅裂な苦しい時期を経た際に培われた『日本性島国根性』に違いない。(これが第二漢字性)

 

現代に至り、英語なしに様々な情報が受発信しにくく、そのため混迷のスピードがさらに増し、人間性喪失に向かいがちな時代にあって、その英語すら観自在菩薩ならぬ漢字在菩薩による仏語漢字変換による、人間性本質解読機能の働きを促す時代となった。(第三漢字性)

 

日本のYoutube動画をみると、沢山の人がそれぞれの『人間性本質解読機能』を発揮して人間性回復の活動をしているように見える。

それってジョン・レノンの『Imagine』・・・の呪文の実現であろうか。

 

  この様な『遊び』は、東洋人それも特に日本人の本領発揮!・・・の図

 

 

 

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