拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

『時間』 の問題は 『自観』 の問題(2)

私は最近『寺』の字の付いた『時間』について考えていたが、たまたま見かけた2年前の自分のブログ記事を読んでビックリした。

『自観』という馬骨造語はオヤジギャグ的に、『時間』から発生したのだろうが、駄洒落じゃ済まない『仏性時間』問題を含んでいると思えたからだ。

 

 

『時・とき』という字に『寺』がついているのは、寺でする『坐禅』(瞑想)が『自観〜観る者が観られる者であると観じる境涯(自他不二)』に導き、それは『色時と空時』を理解して生きていく、いわば『日々是好日』を生きていく人間になるのだと思う。

 

『時間』が『自観』という言葉と『重ね合わせ・もつれ』になり、『坐禅』の『坐』という字が『自観』を実現している象形文字として表している・・・これって『漢字方程式』だね。

 

 

                 天上天下唯我独尊

 

 

 

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