私は最近『寺』の字の付いた『時間』について考えていたが、たまたま見かけた2年前の自分のブログ記事を読んでビックリした。
『自観』という馬骨造語はオヤジギャグ的に、『時間』から発生したのだろうが、駄洒落じゃ済まない『仏性時間』問題を含んでいると思えたからだ。
『時・とき』という字に『寺』がついているのは、寺でする『坐禅』(瞑想)が『自観〜観る者が観られる者であると観じる境涯(自他不二)』に導き、それは『色時と空時』を理解して生きていく、いわば『日々是好日』を生きていく人間になるのだと思う。
『時間』が『自観』という言葉と『重ね合わせ・もつれ』になり、『坐禅』の『坐』という字が『自観』を実現している象形文字として表している・・・これって『漢字方程式』だね。

天上天下唯我独尊
この記事が心に響いたら、応援クリックをお願いします!