拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

 『 和 風 』考

近年、『AI』の著しい台頭にともない、禅や仏教にあらためて注目する人々がほんの一部の人にせよ増えているような気がする今日此の頃・・・。

 

いざ禅や仏教に取り組もうとすると、その難解さ複雑さに辟易(へきえき)する人々(私も含め)に対して、『なんとかできんかいなぁ…』というような趣旨で西欧の中立国スイスで立ち上げた我が『東洋自分なり研究所』であるが、ここ数日間にそれらしき答えを思いついた。

 

それが『和風』なのである。

『和風』というと、一般的には料理、建築、服装など日本的な様式や雰囲気をもったもの…というような感じで広く了解されている言葉(ワード)で、まぁ新味に欠けると思われる人も多いであろう。

しかし、『和を以て貴しとなす』と宣言して日本という国を形作る過程で、仏教の真髄を喝破して国策の柱とした聖徳太子の思いというのは、それ以前からあった『大和・やまと』という

「調和」「平和」「和合」を意味する地域名『和』に呼応するものであったであろう。
その意味では『和』は、確かに『日本的』と言えるが、それ以上に『調和』を基調と捉えた時『和』というワードはより『人間的』な響きを持って聞こえてくる。私にとってその響きは観音であり、「和風」という風の音色なのだ。
 
世界のあちこちで戦争が勃発している現在、私はジョン・レノンの歌『イマジン』の歌詞が頭の中をめぐるが、それが平和の力となって世界を動かす旋風となるには、すでに極東の片隅から吹き起こっている『和風』が、寿司やシャブシャブといったお料理ワードの殻から弾け出て、『人と人の調和』のみならず『自己自身内部の調和』という機能を持った新風の『和風』として吹き上がる・・・事が、案外現実的なような気がするのだ。
 

  自己の中に和風(調和の風)が吹くとき、洋風景(レマン湖)もまた和風景となる図
 
 
 

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