私はまだ、例のSF映画『ARRIVAL・メッセージ』を語りきってないようで、それについて『語れ!』・・・と『滅声示』があったような…?
私のブログの総タイトルというかテーマが『拈華微笑』であるが、これって言わば『滅声示』だよな、とあらためて考えた時、私のなかで、『メッセージ』の意味が深まっていった。
『メッセージ』というのは、一般的に発信者から『外』に向かって発せられるモノであるが、私がいう『滅声示』は、必ず一旦自己の『内』側に発せられ、『不二』落ちた後、『外』に発せられる性質のメッセージであると思う。
この映画『ARRIVAL』では、『武器は時を開く』というメッセージが宇宙人から発せられる・・・ということにしているが、我々仏教徒というか、禅徒から言えば2500年も以前に仏陀が発した『滅声示・(メッセージ)』そのものだ。
私は居士林で修行していた時、直日(じきじつ=リーダー役)を任され、朝一の坐禅の前に道場玄関・外側に吊るしてかけてある開板という分厚い四角の板を木槌で様式に従って叩いた。
円覚寺境内全体を『瑞鹿山・ずいろくさん』というが、朝の静寂に開板を叩く音が響き渡ったが、開板には『生死事大・無常迅速・光陰可惜・時不待人』・・・と書かれていた。
そのメッセージを私は今、『滅声示』として確かに受け取っているが、それはまた『武器は時を開く』という映画『ARRIVAL』のメッセージそのもので、『観世音』の後、『観自在』・・・つまり、過去・現在・未来という『時空』を自在に『観』じる、ということなのだ。

この『合掌』のハガキ、相方の伯母を老人ホームに訪ねたときに、伯母が私にくれたもので、裏には伯母宛に誰ぞのメッセージが書かれていたが、何で仏教徒の私にくれるのだろうか?・・・とそのときは訝ったが、『滅声示』という私への公案であった。
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