拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

Netflix 『俺たちブーツ』を観て

 10月に配信が始まったNetflix『オレたちブーツ』を観て、禅修行時代を思い出した。

 

映画は、元海兵隊員Greg Cope Whiteの回顧録『The Pink Marine』が原作で、1990年代アメリカ海兵隊の新人訓練の様子が中心となり、主人公キャメロン君の青春物語が始まる。
邦題は『オレたちブーツ』だが、原題は『Boots』で、『ブーツ』というのは米軍の俗語で“新兵”を意味するらしい。
アメリカの新兵訓練をテーマにした映画をこれまで何本か観ていたので、その厳しい訓練の様子には別に驚きはしないが、新兵たちの最後のプライドみたいなものも剥ぎ取るような指導者、上等兵とのやり取りは、私の体験した禅修行に通じるところがあり、妙に懐かしい気分になった。
 
今は、何につけ『ハラスメント告訴』時代であるから、自ら新兵の訓練を受けるなり、禅寺の修行道場にでも出向いたりする者でなければ、『人格全否定のパワハラ(?)全開』的な体験などはできるものではないだろう。
 
訓練や修行の中で、個人のプライドを根こそぎ奪い取るという仕方は、非常に酷似しているが、新兵訓練の方は、集団の中で忠誠を誓う人格形成を養い、最終的に優れた殺人者を育成するが、禅の方は、『無』に徹底的に立ち向かわせ、自己の中で真のアイデンティティを確立し、活人する人格を養成する・・・という正反対の目的で『行』が行われるところが面白い。
 
このドラマを観、タイトル『ブーツ』を見たとき、私はすぐ禅道場の入口に掛かっていた禅語『脚下照顧』を思い浮かべた。表層的には『脱いだ履物をキチンと揃えて!』的な意味に取られているが、もちろんもっと深い意味を問うた禅語であるが、『Boots』という英語の原題にもこのドラマに観られるような、人生における深い問いがなされている・・・と思った。
 

『オレたちブーツ』に対して、私が体験したのは『オレたち下駄』・・・というところだろうか。プライドも何もかも剥ぎ取られ、自らも始終作務で掃き清めているうちに、いつの間にか『無』と対面していたことも気付かずにいた修行時代であったろうか。
 
 
 

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