昨日、相方の姉の家に集まり、クリスマス会をした。
姉の娘の息子3歳を中心に、この年末の無事を7人が集って、お祝いした。
昨年、一昨年と続いて相方の両親が他界したこともあったが、三十数年前のクリスマス会は相方の父方のファミリーが30人ぐらい集ったことを思い出すと、その過ぎ去った歳月をふと思う。
子供のいない我々夫婦としては、本当に久かたぶりに三歳児なる生き物を身近に観たが、貰ったプレゼントは自分のモノであると・・・主張し、大人が『ちょっとそのプレゼントを見せてよ』と言って手を出すと、頑なに拒否する様子が可愛い。型にハマったように、無意識に自我を主張する幼児。すでに『自ずから示される道』というところに進んでいる。
その『自ずから示される道』というのは、『自我から無我』へと開かれているものの、『無我』である彼岸へ渡るには『自ら歩む』という意識が伴う・・・という大問題が横たわっている。
一般的にこの『無我の彼岸』に渡ることを『悟り』というが、この言葉『悟り』がまた問題で、ここに引っかかっている人が大半で、ここで挫折というか、無視というか、人間にとって最も大切な行為『悟り』に対して無関心を装う世間が非常に残念に思う。
老師と呼ばれる禅僧にしても、『アナタは悟っていますか?』なんて子供に聞かれるのが、苦手である・・・と告白しているのを見聞すると、なんか違う気がするのは私だけだろうか?
私は釈尊が29歳で出家し、6年の苦行の末、悟りに至った・・・という物語を何度か聞いているうちに、『何故、釈尊は悟ることを諦めなかったのか?』という疑問をずーっと持ち続けていたが、その疑問が『郷里』の『郷』の字の解字が
この絵の様子が漢字になっていることを知り、
駄洒落半分に『悟り=郷里』という言葉遊びから、臨済禅師のいう『無位の真人』との出会いが『郷』なのではないか・・・と推測したわけであるが、その『郷』が『音』と合わさって『響』という字を形作り、それが私には『観音』と響いたところから、私にとって『悟り=郷理』は確信となっていった。
それはやがて私のなかで『佛語漢字方程式』というモノになり、その方式には意味の『重ね合わせ・もつれ』・・・と、いま流行りの量子力学的な発想と結果的に響鳴してしまったのだ。
釈尊にしても、私のような情けない者の修行にしても、『悟りを諦めなかった』理由は、『郷理』というモノが根本的な『生命の場』として、自己の中にあることを感じていたからではないだろうか・・・。
『悟り』と『郷理』は、『悟郷不二』のモノで、自己の意思だけで到達するものではなく、『自ずから然り』というHomeとなる『郷里』へ回帰する生命力に自己を委ねることなのだと思う。

先日、『クリスマス市』を訪ねようと、電車で1時間半のスイスドイツ語圏の街Solothurnへいくと、駅と旧市街へいく途中で大きな『星の王子様』像にであって一撮パチリの図
『星の王子様』は原語はフランス語で、フランス語の書籍としては、聖書に続いて世界中で翻訳されている本だそうだが、それって『郷理』の物語だからではないだろうか。
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