『侘び寂び』・・・、爺ィの歳になると、この『いぶし銀』のような解ったような解らないような、何気にシブ〜イ言葉を使い回したい欲望が沸々と湧いてくる気がする今日此の頃。
かと言って、インターネットに繋がっていないと『侘び寂び』どころか、『バカー!』という下世話な一語も通じない国に住んでいるので、『渋いも、○○も』無いのが私の現実世界であるが、やはり死期が迫り、日本人という血が騒ぐのであろうか、『侘び寂び』ぐらい解(カイ)せよ〜・・・と、妄想の世界でたった独り焦りまくっているようなのだ。

相方のアプリによる『禁じられた遊び』の結末の図
それにしても我が人生、見事に『侘び寂び』とは無縁の処に生き続けて来た・・・というか、伝統とか教養とかいう素地のまったく無い、良く言えば『真っさら』、かと言って野生のワイルドさを持ち合わせるでも無く、幼少時の放置教育によって『良くも悪くもない』スッピンのような生き様であった。

若き日に見た京都の薪能:一撮
それでも25歳頃であったか、京都にガールフレンドができ、『能』などのような伝統文化にふれる機会を得ることで自国の伝統文化にカルチャー・ショックを受けたことは事実で・・・。
私のように禅修行したからといって、『侘び寂び』の話のでるわけもなく、エンエンとひたすら『無』に向かって坐すのみ・・・。気が付いたらスイスに移り住んで今日に至るわけで、『侘び寂び』に接する間もなかったような。
にわかに、三國連太郎や三船敏郎の『千利休』系の映画を観た時などはわずかに『侘び寂び』などを自問自答はしたものの、『何のこっちゃ?』よりは先に進めなかったのである。
しかし、仏教は『慈悲と智慧』という時の『慈悲』という言葉について瞑想すると、何故『愛』ではなく、『慈悲』なのか?・・・と長年疑問に思っていたが、仏教の原理『諸行無常・諸法無我』を表現するには『愛』では十分ではなく、『慈悲』でなければならなかった事に腑に落ちてみれば、『慈悲』ゆえの『侘び寂び』では?・・・と思えてきたわけなのだ。
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