観自在菩薩ならぬ、漢字在凡薩の馬骨としては、『問』の字は『佛語漢字方程式』において最重要漢字であるが、同様の意味を持つ西洋産の『?』マークは、漢字ではないが、『佛理覚』的には人間を『郷理(サトリ)』に至らしめる『素龍子・印』として『佛語漢字』認定済の『観字』の位を特別に授けることにした。(東洋自分なり研究所 所長認定)
前置きが少し大袈裟になってしまったが、
ようするに『?』が、ある日『鍵穴』のように観えてきた・・・というだけの話。
私の老師に弟子になってからの禅修行というのは、禅の公案(禅問答)を念提(ねんてい〜考えずに考えること)一筋になったが、
問:仏とは?
答:庭前の大樹(???)
・・・という事で、問も『?』なら答も『?』で、以来私は『?』専一であったのだ。
そして、今になって思うのだが、『?』こそはまさに『キーワード』で、『鍵』というのは『鍵穴』があって初めて謎が解ける・・・システムであることを思うと、『?』が『鍵と鍵穴』に似ている、というのは案外偶然ではないのかもしれない。
『色』が極まると『?』になり、更に極めると『工夫による穴:工+穴=空』となり、『鍵穴』が開いて、人生の謎が解ける・・・というアナグロ(穴録)な話となる。

禅寺には時間が無い。
だから『?』は『鍵穴』が空くまで念提(ねんてい)するわけだ…
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