誰も私に問うことのない『禅とは何か?』・・・という問
仕方がないから、私は自分に問うては、自分で答えるのだろうか。
しかし、自分に問うと言っても、切羽詰まった感じで問うたわけではなく、問うた覚えはあまりないのにも関わらず、『不退転の赤いピルを飲む瞬間』というものが自分にも、確かに有って、それというのは、『禅道』を行くべき者にとって、必要不可欠の絶対条件であった事に今頃気が付いた、というわけのようだ・・・。
本当に私はボンクラ(盆暗〜博打で盆の上の勝負に暗い意味=ぼんやりして物事の見通しがきかない人のこと)であると痛感するが、それを補うように、それに気が付くまで生かされた我が身に感謝するのみ。
例え愚脳であっても、『還暦スキャン』システムという生命の働きは機能しているようだ。
私の禅修行期間は、大雑把に前半5年と後半5年に、結果的に分かれた形になる。
前半というのは、鍼灸専門学校に入学(29歳)することで、仏縁というのか、居士林(円覚寺)で修行する縁ができ、土日一泊の泊まり込み坐禅会に、渡米(New York)する33歳までの期間で、修行内容はひたすら数息観に打ち込むだけの修行で、これで私は十分であると判断し、鍼灸専門学校を卒業した翌年、写真家としての長年の夢であった渡米に踏み切ったのであった。
そのNew Yorkでの様子というのは、この ↑ブログ記事と、何枚かの写真に詳しいが、
結果的に中途半端な禅修行は、永住するつもりであった New Yorkで『Walking Dead』の世界に飛び込んでしまった事実に戸惑い、私は精神的な大危機の『Final ?』のドツボに落ちてしまったのだ。後に当時のNew Yorkでの写真を『Good-by New York 1986 』と題してまとめたが、それでも当時自分に何が起こったのか?さっぱり解らなかった。
兎に角、それが動機となって後半の禅修行が始まることになったが、今思うと、『Good-bye、New York』と別れを告げた決意こそが、私にとっての『赤いピル』であったのだ。
この『還暦スキャン』することなしに、自分の人生の中で精神的危機があったなどとは気が付く事はなかったのではないだろうか。
それもこれも佛語漢字方程式による『サトリ』の語が『悟り&郷理』の『重ね合わせ・もつれ』の法則により、『郷理』に自ずと牽引され、気が付かされて自ら道を正す機能『HI(般若智)システム』の働きをみる・・・ことであった。

60歳で迎える『還暦』は、仏性が人間に与えた最大の『覚醒システム能力』ではないか。
私が尊敬してやまない、鈴木大拙は『自分の過去を顧みない…』姿勢を崩さなかったそうだが、その点にだけは私は異を唱える者で、一重に『サトリ』は『悟り&郷理』の性質を持ち自分の人生を『還暦スキャン』することで、『郷理』と絶えず繋がって『悟り』を促す仏性の働きをそこに観るからにほかならない・・・からだ。
人生の後半をこうした探究に明け暮れ、今の現世で起こる良し悪し事を断じるも遊戯三昧…
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