仏教に『無明・むみょう』という佛語があり、馬骨解釈によると
『生まれ持った仏性に寄り添わず、むしろ背を向ける生き方をする者たち』…の事になる。
『自灯明・法灯明』を説いた仏陀の教えから、『郷理の道』には『灯明』があり、『道』からそれた場合『無明』・・・という理屈になるのだろう。
というのは、最近の私のYoutube動画案内画面は、『エプスタイン報告書』をめぐる解説動画で炎上状態で、内容を知れば知るほど『暗〜い』気持ちになり、したがって…というわけでもないが、これまでほとんど使ったことのない、佛語『無明』・・・が我が愚脳中を点滅する。
そんな中、昨夜はイギリスのチャールズ国王の弟、アンドリュー元王子の逮捕・・・というニュースが入り、『エプスタイン報告書』の闇の深さと、少しずつ明るみに晒される膨大なレポート内容は、映画のシナリオ以上(異常)に奇妙でグロテスクな世の仕組みに、一体何を信じれば良いのか・・・というような気持ちになる。
ここまで書いてきて、『エプスタインの闇』というのが、1999年スタンリー・キューブリック監督映画『Eyes wide shut:アイズ・ワイド・シャット』を私に想起させたが、同年1999年に『マトリックス』が公開されていた事実に驚く!
マトリックスが『灯明』に向かう物語であるとき、アイズ・ワイド・シャットがひたすら『無明』に向かう物語で、人間の持つ『明暗』を示した傑作映画が同年作であることは偶然ではない気がする。
そして『アイズ・ワイド・シャット=眼を大きく見開いて閉じろ』というのは、禅の公案(禅問答)のように人々を『灯明』に導くのとは真反対に、人々を『闇へ閉じ込める』反公案の如き『呪われた呪文』である。

金縛り 解く道行かず 金(カネ)縛り 自縄自縛で 一切皆苦 馬骨
私は今更であるが、貧乏な出自に感謝する者で
キリスト曰く『心の貧しい人々は、幸いである・・・』が禅語の『無欲一切足』ということであれば、初めから貧しかった自分は、初めからリッチであった場合より、よほど苦労することもなく少欲でいられたであろうから・・・。
エプスタインは1953年生まれ、私は1952年生まれでほぼ同年齢で、その点は親しみを覚えるものの、方や金も権力も思いのまま…というのは、それはそれで案外楽なことではなく、いや相当苦しかったに違いなく、その点は同情する・・・。
私は中学生の時『金(カナ)縛り』にあい、『道』に向かう一里塚としたが、エプスタインは大人になって『金(カネ)縛り』にあい、そのまま自己を見失ってしまったのだろうか。
『エプスタイン・レポート』といい、統一教会の『Treu Mother・レポート』といい、ほぼ同時期に公開された因縁は面白い。
以前にもブログに書いたが、松本清張の小説『砂の器』を彷彿させる『統一教会・ツボ物語』というのは、ツボ市政権を『無明』の呪いでもって政権を滅ぼすか、でなければツボ政権を選択した市民丸ごと日本を滅ぼすか・・・いずれであろうか??
いずれにせよ、二っの『無明』レポートは徹底的に追及してほしいものだ。
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