昨日(3/19)は、北鎌倉は円覚寺、そして懐かしい居士林を訪ね、一撮。
相方のニコルにとっても約二年ほど、私と共に通った思い出深い居士林であり、私以上に感激していたが、当時お世話になった雲頂庵和尚にあって挨拶したいと言い出し始めた。私は根が恥ずかしがり屋なので、いやいややめておこう…と提案したが、言い出したらきかない性格の相方、自ら通りかかったお坊さんに早速、雲頂庵の場所を聞き出していた。
まぁこうなったら出たとこ勝負と、 坂を登り、登りつめたところで、階段を修復していた職人さんに尋ねるとわざわざ雲頂庵の玄関口まで案内してくださり、『おとう様の方は出かけていますが、息子さんの方がおられると思いますので…』と言い残して去っていった。
ブザーを押して待つ間もなく、当時の雲頂庵和尚が出てきた…のではないかと、一瞬錯覚してしまうほど、雲頂庵(和尚)そっくりな息子さん(40歳前後)が出てきて、私もニコルも相当驚きながら、庵をお訪ねした理由と、当時和尚さんを取り囲んで他の皆と撮った写真を携帯でおみせしながら説明した。
まぁ、懐かしいとはいえこんな風に訪ねてくる人間も珍しいという事で、若和尚も驚いた様子、最初は何事かと怪しんでいたと思うが、事情を理解すると笑顔で対応してくださった。
私としては、当時の雲頂庵和尚に直接対面できたようで不思議でもあり、かえって良かったような気がしている・・・。

同日、鎌倉歴史文化交流館に訪ねると、昨日・今日のみの裏庭のすだれ桜、展覧の図
日本に来てから、何気に挨拶する『こんにちは!』。
これを漢字で書くと『今日』になるが、『今』にしても『日)にしても私が適当に編み出した(?)『佛語漢字方程式』的には禅の核心をなす文字であることを思うと、やはり日本語というのは、いわゆる『悟り』に根差した文字・言語ではないかと一人微笑。
『微笑』と言うと、一昨昨日根津美術館を観た帰り、近くの駅(表参道)に向かうにあたり、路上にタクシーを待つている様子で立っていた女性に道を尋ねようと声をかけた瞬間、『あれ?! 見たことある…』と思いながら道を尋ね、親切に教えていただいた後、すかさず私は彼女を見ながら『ありがとうございます。エミさんですね!』というと、彼女もすかさず『ミエです…』と返事され、私は『嗚呼!』と思った。
あとでゆっくり考えると、彼女は『中尾ミエ』さんであった・・・。
そのあと一日中、その失敗を思い出しては、私は一人くすくすと微笑してしまっていた。
後で調べると、彼女は私の姉と同じ歳であるが、昔そのままのエネルギーを発していた。 この偶然の出来事も『縁起モノ』だろうか?
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