拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

千尋の谷へ突き落す・・・佛の慈悲

世に『産み落とす』という言葉があるが、事実は『佛』が赤ん坊を千尋の谷へ突き落とす。・・・とは、私は居士名を馬骨にするまで、知らなかった。

 

千尋の谷を、登るのもよし、谷底に留まるもよし・・・そこは各自の『自由』で、まさに『自然の掟』となっている。

 

佛の教えの骨子は、『慈悲と智慧』と言われ、『赤ん坊を千尋の谷へ突き落す』その行為そのものが、『佛の慈悲』で、それを実感できるかどうかは、谷を登り切った者しか解らない生存システムになっているらしい。

登り切った先が馬骨曰く『郷理』で、そこに到るための『覚醒情報システム』として誰もが産み付けられた素龍子核(慈悲と智慧)を作動、そこから『意』として『音』情報が『心』に伝達され、あらゆる困難を乗り越え、『郷理』に到るに十分な情報(慈悲と智慧=般若智)と経験を得、到彼岸(つまり郷理)を実現する。

 

            

四弘誓願の最後の誓願は『仏道無上誓願成』となっているが、そこにはそういった壮大なストーリーと、仏の『慈悲』の誓願があるのだろう。

 

 

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