拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

仰げば尊し…

今回の日本への旅は、今更ながらの『我が師の恩』感謝表明の旅ともいえる…かも。

 

この歳になって(もうすぐ74歳)、ようやっと『礼』をかろうじて言える年頃を迎え、これまでしていた、失礼を侘びすべての恩師にたいして『感謝の意』を表することができた気もする。

 

私は幼少より、自我意識が異常に強く、コンプリケ(複雑系)な人間で、なかなか素直に心情を吐露することの出来ない(という思い込み)質で、相手に察することをなかば要求してしまうタイプであった。

それではダメだと頭では思いつつ、口は自然と重くなり、幼子が母の陰に隠れるようにいつも何かの後ろに隠れてしまう・・・のだ。

 

       

      鍼灸の師であり、禅への道を開いてくれた観風先生(左写真)

      観風先生の無為塾同志、鹿田君と相方の師、保寧寺・無一和尚(右写真)

先生も和尚も81歳という年齢を感じさせない、無時間の人で、ともに『オヤジ駄洒落』を連発していたが・・・そんな影響が私にも伝えられていたか…と拈華微笑。

 

今回我が郷里である北見の育ての親の家を訪ね、亡き母の霊に参ると、仏壇の上に私が高校生の時に描いた観世音菩薩の絵がいまだに掲げられていた。

 

やっぱり、仏縁という『赤い糸』で、『郷理』と結ばれていたのだなぁ…

 

 

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