定年退職後、このブログを書くにあたり、居士名を『馬骨』にしたが、思い返すと私の極初期の写真作品、自写像の作品のタイトルが『骸骨人』であった。
そもそもこのタイトル『骸骨人』が、どこから来たのか?
そこを考えると、何故私が自分でも意外にも『骨』にこだわるのか…わかるような気がした。
べつに『骨』にこだわっている訳ではないが、なんとなく自然に『骨』が浮かんできたのだ。
それはたぶん、20歳の写真学校に行き始めた頃であったか、住み込み牛乳配達員として3人で一つの部屋を共有していたが、私だけ物置のようになっていた水道と机のある2畳の部屋を私の写真現像室兼勉強部屋として使わしてもらえた。
その部屋にこもっていろいろ思案する際、30㎝四方の鏡に映る自分に向かって対話していた時期があったが、鏡の向こうにいる自分が、私以上にしっかりしていて、何においても強いことに驚くというか、不思議に思いながら対話をしていた経験があった。
たぶんその事が、後に私が自撮り作品に『骸骨人』というタイトルを付けた理由ではないかと思う。
『骨』というのが、表面ではない何か・・・という意味合いが私にはあったのだろう。
そしてその感覚というのが、後に禅に向かうことになり、臨済禅師のいう『無位の真人』を探究するべく、円覚寺(臨済宗)へ通うことになった…ということか。
今、日本を旅していて、私は自分が外国人ならぬ『骸骨人』のような気がし、それって非常に良くできた駄洒落がそれなりの完成度で実現したような不思議な気分だ。

この写真は26歳の私で、禅はいまだ知らずまさに『十牛図』の如く、『闘牛』の撮影の取材に隠岐の島へ訪ねた時の一撮であった。
ついでにこじつけると、私の『佛語漢字方程式』という漢字へのこだわりも、その自在性から『甲骨』の呪術が影響しているのかも?!
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