金沢では、ゆったりまったり一日をノンビリ過ごすのが私の計画の一端ではあったが何故か相方にあちらこちら" 引き回しの刑 ” 如く引き回され、まぁそれなりに充実しているともいえるが、大拙の郷里であるし、何か深淵な沈思黙考の海に沈み込むような時を・・・とは思ってはいても未だ実行できず、なんの感慨もなくホテルそばの本屋さんで、漫画チックな人物イラストに『ヴィトゲンシュタイン~言語化できないことに、意味はないの?』と書いてあるノートのような薄い本に手が伸びて、ページのはじめを見ると、『語りえないことについては、沈黙しなければならない』・・・の一文を観た。
そういえば、このカッコいいセリフについては、だいぶ前にYouTubeで誰かが彼の名前と共に紹介していた記憶があったが、ここ金沢で再び巡り合うわけか。
購入後、この本全80ページの半分40ページを、例のあのカッコいい県立図書館で私は読んだが、わかったような、わからなかったような・・・。
もっと正直言うと、解ろうとする以前に、このセリフ『語りえないことについては、沈黙しなければならない』は、禅問答の『父母未生以前のお前はどこにいた?』という問に対する正解そのものではないか、とずーっと頭に来ていて、それは禅そのものが問題とする事柄の正解のあり方そのものようにしか思えず、後半の40ページを読むのが億劫な気がしてきた。
その意味で、『問』という字の口を『日』として閉じさせ、『曰く言い難し』の『日』にした上で、『智』だの『音』だの『是』だのにして佛語の言わんとする事を匂わせ、『覚醒起爆文字』として『漢字方程式』化した古の善智識は凄い・・・。と、
彼の哲学よりも、我が禅智識の先輩等に我が思いは馳せるのであった。

昨日は福井の永平寺まで引き回された図
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