刑事(デカ)は足で稼ぐ・・・じゃないが、馬骨(というか、相方)の行き当たりばったりの無計画旅行というのも、意外に私が考える色界でのアイデンティティ解明の為の旅になっているのでは…と思えるような、現地を自分の足で回らなければ、決して得られないような情報などから、想定外の展開が(私の内部)で起こっているようなのだ。
金沢滞在初期のある日、相方のイニシアティブにより、金沢~西金沢駅で古い2両、の私鉄電車で鶴来(つるぎ)という所へ行き神社など巡るという、散歩的なかるい田舎回りへ出かけることになった。
この鶴来(つるぎ)という所に、日本三霊山(富士山・立山・白山)の一つ白山があることから、紀元前91年に創建されたと伝わる『白山ヒメ神社』(菊理媛神)をご祭神と全国三千余社の総本宮の神社・・・だそうで、元旦の初もうでには大変な人が来る大変有難い神社とも知らずに、我々は導かれるようにお参りすることになった。
そういった事は、神社をお参りした時に、案内板を読んで知ったわけで、そうでもなければ特にこれといった特徴もない大変静かなただの田舎町風といった感じ。
鶴来から神社までの間に二大酒造会社があって、その内の一つ『白山』という銘柄の日本酒を販売・広報する古い屋敷を店に改造した店舗の前を通った際店に入ると、中の女性がでいろいろ親切に説明、そのうえ自社の酒各種を試飲させてくれた。
鶴来駅からここまで歩いてくる間人っ子一人見かけない寂しいぐらいな静かな町だったので、彼女の対応になんかホッとすると同時に案外、町として深い歴史があることを教えられたのである。

その次に出会ったのが、この写真の観光案内所兼休憩所ということで、なんとも昭和レトロな雰囲気にちょっと中をのぞくと、歳の頃は77才ぐらいのお爺さんがひとりいて、ニコニコしながら出てきて、どうぞお入りください…とのことで、奥の座敷に飾られた立派な雛人形をみせてくれ、この館の歴史などを説明してくれた。
このあたりの民家の囲炉裏のある部屋は、煙を上にのがす為に吹き抜け天井になっているのが、デザインとして印象的であるが、そのために空間がスカスカの分、囲炉裏に火の気がなければ寒々しい感じがし、実際そとより冷え冷えと寒かった。
床の間に、金沢ではあちこちで見かける木彫りの立派な『獅子頭』の置物があったのでお爺さんに聞くと、なんでも加賀藩主の前田利家が金沢入りする際に『獅子舞』でお祝いしたのがきっかけで、民芸品としても盛んに作られるようになった・・・という。
そこで、『北海道の片田舎、北見の私の家にも幼少時、獅子舞がやって来て、獅子に頭をパクリとかじられましたヨ…』という話をすると、『そりゃ~昔、石川からも沢山の人が北海道へ屯田兵として移住したからねえ・・・』と、まさかこのお爺さんから『屯田兵(北海道開拓移民)』という言葉を聞くとはおもっていなかったので、私は『ええ~っ』とビックリ。
そういえば、昔姉が誰かから聞き伝いに、私たちの父方の祖先は『福井』あたりから来ている・・・的なことを聞いたようなことを、その時思い出し、幼少の頃、我が郷里、北見の秋祭りには、獅子舞どころか、何人もの奴さんを従えた大名行列などがあったことをうっすらと覚えているが、あれというのは、福井や石川から屯田兵として北海道開拓にやって来た人々が故郷の北陸を懐かしむための祭りであった・・・と解った瞬間であった。ことの真意はわからないが、そう的外れな事ではないと思う。
私がたぶん4,5歳の頃(?)、秋祭りの獅子舞がだんだん我が家に近づいてくる様子に私はすっかり興奮して、家にいる養母にそれを知らせるために駆け戻ったが、その時私はふと自分が泣いて涙を流している事に気づいて『あれっ?』と思ったことが私の覚醒の入り口であったと私は今確信している。

だから私は、獅子を見ると自然喜ぶ・・・のだと思う。それにしても、こんな処(鶴来)に来て、私の郷里とここ北陸が結びつくなんて・・・不思議な巡りあわせ。
『獅子』と『獅子舞』は日本人にとって『縁起モノ』であり、幼子を覚醒させる『覚醒起爆装置』として日本では古より大切にされてきたのであろう。 めでたい !!
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