この一ヶ月の金沢滞在というのは、たぶん私の1,2年分のブログ・ネタを提供してくれているんではないかと思うほど、毎日何かが起こって、どのネタから書いていいの困っている感じだ。
だいたいスイスにいるときは、どちらかと言うと家に『引き籠り』する質だから、毎日あちこちに引き回される旅行中とは全く生活ペースが違い、書くネタもだいたい我が愚脳から捻り出したような具合であるのに、知らぬ土地を歩き回ると『犬も歩けば棒に当たる』的に、いろいろな新鮮な事柄と出会うわけだ。
先日、相方の従姉(いとこ)の息子(T君)が日本人女性と結婚し、長野で一子をもうけ3人で所帯を持っているので、訪ねた時のこと。(彼等の生活自体、私の関心を引くことがありいつか書いてみたいと思っている…)
長野というと『牛にひかれて善光寺参り・・・』の如く、もちろん善光寺さんへは皆でお参りしてきたのだが、そのあと、T君は長野郊外の田舎へ車でつれていってくれ、田舎の小さな神社や寺など桜がまだきれいな場所を見せてくれた。
その一つがたまたま禅寺で、彼が誰かから聞いたところによると、その寺の天井の龍の絵が、京都のどこだかの有名な禅寺の天井画と同じ絵描きとのことで、一見の価値があるからと、住職に聞いて許可を得て、龍の絵を見せて頂くことになった。

昨年私は京都の東福寺の有名な『龍』の絵を見ていたので、おそらくその絵描きと同じではないかなぁ…と、おもったりしていたら、若い住職(37、8歳)がわざわざ私たちの為に奥から出てきて、龍の画と、その横の天井に描かれている『風神雷神』の画について説明してくださった。
『龍』の説明については、龍は水を司る神で、農作物の豊穣の為に耕地に雨を降らせるので、地元の人々に大変敬れています・・・と、いうような説明であった。
これが、私が『東洋自分なり研究所』を立ち上げ、自分なりにそういった東洋のよしなし事を研究する以前であったならば、そのような説明でも、まぁそんなものなのか・・・ぐらいで聞き流していたであろうが、今となってはその説明では『龍が泣いているぞ!』と一喝せずにはいられない気がしたわけだ。
まぁ、かといってその住職に、馬骨如きが他の人々の面前で自説を力説してもしょうがないので黙って聞いていたが、実際禅僧の端くれならば、『龍の画』をダシにまだ若い夫婦に向けて人生の転換となるような、心の臓をえぐるような、目が覚めるような一家言如きものを言えないものか・・・と非常に残念な思いをした。
まぁ、禅僧が皆彼のようなレベルとは思わないが、一つの典型的な住職の姿ではあるのだろう…。
この記事が心に響いたら、応援クリックをお願いします!