作家さんが、ホテルに編集者に強制的に閉じ込められて仕事をすることを『缶詰』・・・と昔は言っていたけど、今回の一ヶ月の金沢滞在、誰に強制されたわけではなく、自分が勝手に決めての事ではあるが、今日が金沢最終、奈良へ移動する日となって、我々夫婦は実にホッとした。
正直自分が何をやっているんだか、最近は何が何だか時間も場所もわけがわからなくなってきた…という状態で、それに付き合って旅している相方は、極度の方向音痴であることも手伝ってかなり限界がきていたか、去年滞在して馴染んだ、金沢よりははるかにこじんまりとした奈良に着いた時には、顔に微笑みが浮かんでいた。
スマホのカレンダーを見なければ、いつ我々が金沢に入ったのかも覚えていなかったが、それが3月の25日で、本当に丸一ヶ月滞在していたのかと思うと感慨深い。
金沢で出会った地元の人々に、一ヶ月の滞在を話すと、皆あきれ顔して驚いていた。一ヶ月もいて、見るところがあるのかや・・・というところだろうが、どっこいそれが案外見どころ満載で私自身がその点は驚いたところなのだ。
来た時には金沢では桜はまだ咲いてなかったから、この滞在中に桜の開花から散るまでの一部始終を観たことになり、それを体験することが、スイスに住んで何十年もの間気ままに帰国する自由がなかった私にとって夢のまた夢で、それを夢見ることすら思いつかなかった私にとって、この現実はたぶん夢なのかもしれない・・・と思ったりしている。
日本でノンビリ・・・なんて考えていたのに、家でじっとしていられない相方のことを計算に入れるのを忘れていた自分も甘かったが、まぁそのおかげというか、様々な場所で様々な人との出会いがあったりして、人見知りタイプの私自分一人では決して体験しなかったであろう事ども、思い出があり、これらのことは、スイスの我が家に戻ってゆっくり反芻することで、より味わい深いモノとなるのだろう。とにかく今は金沢疲れあるのみ。
私が勝手に望んで『金沢缶詰一ヶ月』を敢行(観光)したわけだが、その結果何が産まれるのか? 我ながら乞うご期待!!

ホテルの窓から眺める、犀川の夕日風景(4月19日2026)
犀川の 流れの音に 時空消え 大拙・幾多郎 犀星の郷 : 馬骨