今朝(4月22日水曜)いよいよ金沢三大文豪の一人『室生犀星記念館』を訪れた。
その際、犀川にかかる犀川大橋を渡り、生後すぐに引き取られた真言宗寺院・雨宝院の前を通り、行き着いた『犀星記念館』を貸し切りにした如く、独り占めにして、その生い立ちから詩人、戯曲家、作家として大成していく様子を紐解くように展示を眺める今の自分がこの場所にいることが、感慨深い・・・。
金沢三文豪どころか、日本の歴代作家の本を全くと言っていいほど読んでいない、私に彼らについて語る資格がないのであるが、金沢三文豪の中では、資料館のデーターを読んだ限りにおいて、この『室生犀星』が一番肌が合うというか、気が合うような気がした。
犀星の生い立ちにおいて、生後すぐに他人様に育てられた…というような私と共通するところあたりに何か感じることがあったのであろうか?

『室生犀星記念館』入り口のガラス壁に表示されている有名な詩
『ふるさとは、遠きにありて思うもの・・・』文学については何も知らないが、さすがにこの有名なフレーズはいつどこで習い覚えたのか、知っていたし、私が言う『悟り』が『郷理』に行き着く為に、この詩が遠い要因となっていたかもしれない。
犀星にとって『金沢』は明らかに『郷里』であったようだが、詩人としての彼には、私のいう『郷理~アイデンティティとしての郷』という意味合いも少なからずあるように思った。犀星が生後引き取られ育った寺が(空海)の真言宗であるのだし・・・
相方は一人で、福井県の永平寺へ2度目の訪問にでかけ、おかげで私はゆっくり(1時間半)『室生犀星記念館』を楽しんだ。
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