昔、三十年以上前読んだ鈴木大拙の著書『Living by Zen(禅による生活)』に蘇東坡(ソトウバ)(11世紀北宋の詩人)の漢詩が掲載され、大拙はそれを悟りの境地を詠った詩として紹介していた。
ー 廬山は煙雨 浙江は潮 未だ至らざれば 先般の恨み消せず
到り得て帰り来たれば 別事なし 廬山は煙雨 浙江は潮 ー 蘇東坡
調べると、廬山(ロザン)も浙江(セッコウ)も中国では風光明媚なところとして有名な地名…とのことであったが、詩の内容は何のことなのかサッパリ解らず、後に何度もこの本を読み返すたびに、この漢詩の所でなんとも言えない、魚の骨が喉にひかかったような気分で読み進めるしかない自分が情けない気持ちにおちいったものだ・・・。
風光明媚といえば、中国の廬山ではなかったが、後に縁あってヨーロッパで最初に行った地、スイスのローザンヌで観たレマン湖は私にとって生涯の『風光明媚』となったわけだが、廬山とローザンヌ…、どこか駄洒落で生きている馬骨としては、仏から因縁をつけられているような気がし、蘇東坡の詩は私にとって解明しなければならない問い(公案)として、湖を観るたびに解答を迫られていたのだ。

この写真は、何年前であったかわすれたが実際にレマン湖で見かけた風景
これまで私は何度か映画『Matrixマトリックス』の『仮想現実』問題をブログで取り上げたが
今は、蘇東坡のこの漢詩こそが、『悟次元の郷』を詠った禅マトリックスであることを思う。
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