拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

居酒屋巡りツワー・・・

 一昨夜、相方のおかげ・・・というべきか。

金沢観光案内Byインターネットで彼女が、私の知らぬ間に参加予約していた『居酒屋巡りガイドツワー』と題したツワーに参加すべく、市内のスターバックス前待ち合わせで待っていると、見るからにやばそうな黒い野球帽に黒のシャーッ、ズボンの眉毛の極端に薄い中肉中背のアメリカ男(?)が店の前をウロウロしていて、もしコイツも参加者で一緒に酒だけは飲みたくない…タイプの奴がいて、『挨拶してみましょうよ』と警戒心の薄い相方が言うので、『絶対声をかけるな』と制している内に、プロレスの見習い青年か、と見間違いしそうな…、大柄、長髪、赤ら顔の青年が『居酒屋ツワーの参加者ですか?』と聞いてきた。

すると例のヤバイ黒ずくめの男がさらにやばそうな同じく野球帽をかぶった度近眼用の眼鏡をしたいかにも神経質タイプのやせぎすの男をともなって近づいてくるではないか!一瞬やめといた方がいいかも・・・と思っていると、ちょつと肉付きのいい東洋人顔をした感じのよさそうな女性が来て、『これ、ツワーのグループですか?』といいながらグループに加わってきた。

互いに出身地と名前を交換している間、ガイドの若者が私に、『じつは英語がよくできないんですよ…』と、あたかも私に助けを求めるかのような眼差しで告白するではないか。

『ザけんなよ~!』と内心思ったものの、時すでに遅し・・・。五か月前まで北海道の建築現場で進捗を監督するチーフをやっていたそうで、この今回の仕事は友人と考えて立ち上げたそうだが・・・。

とにかく、2軒の酒屋を巡るとのことで、一件目の東茶屋街の『焼き鳥屋』のテーブルに落ち着き、私は例のヤバイ二人組と対面する形で座ることになってしまい、右隣にアメリカはテキサスから来たベトナム2世娘は明朗快活でよく喋るし、日本にも2回目で日本文化事情に意外に精通し、例のガイド君よりはよほど我々ツワー全体をまとめる名ガイド的役割をこなし、またそれを楽しんでいるようであった。

じっくり自己紹介する時間になり、この二人組はニューヨーカーで、日本には今回が初めて来たとのこと。典型的なニューヨーク弁でベラベラ喋るが、まぁ70~80%は分かるので、ビールの力も借りて、それなりに話が盛り上がった。

私は自己紹介のところで、私が禅に関心を持っている事を知ると、度近眼ニューヨーカー氏が、それでなくとも小さい眼(まなこ)を分厚いレンズの奥から必死に見開くように『アンタにとって、Zenとはなにかね…』と、尋ねてきたではないか。

『皆、それぞれの色の花を咲かす種を持っているんだよ。アンタも私も』・・・と、まさか禅問答になるとは思っていなかったので、適当に『花の種』の話をしてしまった私。

『アンタはアメリカ人、私は日本人、彼女はベトナム2世アメリカ人・・・でも種(タネ)に国籍なんてどうでもいいんだよ。問題は種があってそれをこの世で咲かせるか

どうかだね…』・・・と、50代のニューヨーカー氏にむかって、こっちはちょっと爺イだから先に逝く者の発言権みたいなものがあるかどうか知らないが発動。

 

焼き鳥で腹がふくれた頃、2件目にガイド君が我々が連れて行ったバーは、私らが9年前に初めて金沢に来た時に立ち寄った昼間はカフェ、夜はバーの懐かしい畳のある飲み屋であった。

ここでも話が盛り上がった。というのも一番ヤバイと私が思った男は、かってニューヨークで警察官だつたことが判明して皆一同『ええーっ!』と驚嘆。

『俺はオリジンはアイルランドだが、酒は一滴も飲めないんだ』ガハハハッと、眉毛どころか、頭髪も一本もないツルッパゲ氏は、焼き鳥屋で白飯に醤油をかけ、ジュースで焼き鳥をうまそうに食べていた奴だ。

彼からN・Yでの犯罪事情や警察事情を聞き、20年間働いた後は退職生活がはじまるそうで、彼の場合12年目の年金退職生活とのこと。意外にまともな奴で、危険な警官時代に身につた体から発する動作もろもろが私には異様に見えたのかもしれない(?)

 

       

 『 夢二かな 和服姿も 艶(あで)やかに 昔懐かし 金沢の女(ひと)』馬骨

 

この写真は、この日の昼間に訪れた『国立工芸館』でたまたまであった光景。

 

こうして一昨夜は過ぎたが、実にヘンテコリンかつ絶妙な組み合わせツワーで、思い出に残る『居酒屋巡りツワー』であった。金沢にお越しの際は是非参加すること進めます。

 

 

 この記事が心に響いたら、応援クリックをお願いします!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ
にほんブログ村 

 

 

 

 

 

 

 

獅子舞と屯田兵

刑事(デカ)は足で稼ぐ・・・じゃないが、馬骨(というか、相方)の行き当たりばったりの無計画旅行というのも、意外に私が考える色界でのアイデンティティ解明の為の旅になっているのでは…と思えるような、現地を自分の足で回らなければ、決して得られないような情報などから、想定外の展開が(私の内部)で起こっているようなのだ。

 

金沢滞在初期のある日、相方のイニシアティブにより、金沢~西金沢駅で古い2両、の私鉄電車で鶴来(つるぎ)という所へ行き神社など巡るという、散歩的なかるい田舎回りへ出かけることになった。

この鶴来(つるぎ)という所に、日本三霊山(富士山・立山・白山)の一つ白山があることから、紀元前91年に創建されたと伝わる『白山ヒメ神社』(菊理媛神)をご祭神と全国三千余社の総本宮の神社・・・だそうで、元旦の初もうでには大変な人が来る大変有難い神社とも知らずに、我々は導かれるようにお参りすることになった。

そういった事は、神社をお参りした時に、案内板を読んで知ったわけで、そうでもなければ特にこれといった特徴もない大変静かなただの田舎町風といった感じ。

鶴来から神社までの間に二大酒造会社があって、その内の一つ『白山』という銘柄の日本酒を販売・広報する古い屋敷を店に改造した店舗の前を通った際店に入ると、中の女性がでいろいろ親切に説明、そのうえ自社の酒各種を試飲させてくれた。

鶴来駅からここまで歩いてくる間人っ子一人見かけない寂しいぐらいな静かな町だったので、彼女の対応になんかホッとすると同時に案外、町として深い歴史があることを教えられたのである。

 

その次に出会ったのが、この写真の観光案内所兼休憩所ということで、なんとも昭和レトロな雰囲気にちょっと中をのぞくと、歳の頃は77才ぐらいのお爺さんがひとりいて、ニコニコしながら出てきて、どうぞお入りください…とのことで、奥の座敷に飾られた立派な雛人形をみせてくれ、この館の歴史などを説明してくれた。

このあたりの民家の囲炉裏のある部屋は、煙を上にのがす為に吹き抜け天井になっているのが、デザインとして印象的であるが、そのために空間がスカスカの分、囲炉裏に火の気がなければ寒々しい感じがし、実際そとより冷え冷えと寒かった。

床の間に、金沢ではあちこちで見かける木彫りの立派な『獅子頭』の置物があったのでお爺さんに聞くと、なんでも加賀藩主の前田利家が金沢入りする際に『獅子舞』でお祝いしたのがきっかけで、民芸品としても盛んに作られるようになった・・・という。

そこで、『北海道の片田舎、北見の私の家にも幼少時、獅子舞がやって来て、獅子に頭をパクリとかじられましたヨ…』という話をすると、『そりゃ~昔、石川からも沢山の人が北海道へ屯田兵として移住したからねえ・・・』と、まさかこのお爺さんから『屯田兵(北海道開拓移民)』という言葉を聞くとはおもっていなかったので、私は『ええ~っ』とビックリ。

 

そういえば、昔姉が誰かから聞き伝いに、私たちの父方の祖先は『福井』あたりから来ている・・・的なことを聞いたようなことを、その時思い出し、幼少の頃、我が郷里、北見の秋祭りには、獅子舞どころか、何人もの奴さんを従えた大名行列などがあったことをうっすらと覚えているが、あれというのは、福井や石川から屯田兵として北海道開拓にやって来た人々が故郷の北陸を懐かしむための祭りであった・・・と解った瞬間であった。ことの真意はわからないが、そう的外れな事ではないと思う。

 

私がたぶん4,5歳の頃(?)、秋祭りの獅子舞がだんだん我が家に近づいてくる様子に私はすっかり興奮して、家にいる養母にそれを知らせるために駆け戻ったが、その時私はふと自分が泣いて涙を流している事に気づいて『あれっ?』と思ったことが私の覚醒の入り口であったと私は今確信している。

 

だから私は、獅子を見ると自然喜ぶ・・・のだと思う。それにしても、こんな処(鶴来)に来て、私の郷里とここ北陸が結びつくなんて・・・不思議な巡りあわせ。

 

『獅子』と『獅子舞』は日本人にとって『縁起モノ』であり、幼子を覚醒させる『覚醒起爆装置』として日本では古より大切にされてきたのであろう。 めでたい !!

 

 

 この記事が心に響いたら、応援クリックをお願いします!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ
にほんブログ村 

 

語りえないことについては・・・

 金沢では、ゆったりまったり一日をノンビリ過ごすのが私の計画の一端ではあったが何故か相方にあちらこちら" 引き回しの刑 ” 如く引き回され、まぁそれなりに充実しているともいえるが、大拙の郷里であるし、何か深淵な沈思黙考の海に沈み込むような時を・・・とは思ってはいても未だ実行できず、なんの感慨もなくホテルそばの本屋さんで、漫画チックな人物イラストに『ヴィトゲンシュタイン~言語化できないことに、意味はないの?』と書いてあるノートのような薄い本に手が伸びて、ページのはじめを見ると、『語りえないことについては、沈黙しなければならない』・・・の一文を観た。

 

そういえば、このカッコいいセリフについては、だいぶ前にYouTubeで誰かが彼の名前と共に紹介していた記憶があったが、ここ金沢で再び巡り合うわけか。

 

購入後、この本全80ページの半分40ページを、例のあのカッコいい県立図書館で私は読んだが、わかったような、わからなかったような・・・。

もっと正直言うと、解ろうとする以前に、このセリフ『語りえないことについては、沈黙しなければならない』は、禅問答の『父母未生以前のお前はどこにいた?』という問に対する正解そのものではないか、とずーっと頭に来ていて、それは禅そのものが問題とする事柄の正解のあり方そのものようにしか思えず、後半の40ページを読むのが億劫な気がしてきた。

その意味で、『問』という字の口を『日』として閉じさせ、『曰く言い難し』の『日』にした上で、『智』だの『音』だの『是』だのにして佛語の言わんとする事を匂わせ、『覚醒起爆文字』として『漢字方程式』化した古の善智識は凄い・・・。と、

彼の哲学よりも、我が禅智識の先輩等に我が思いは馳せるのであった。

 

        

           昨日は福井の永平寺まで引き回された図

 

 

 

 この記事が心に響いたら、応援クリックをお願いします!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ
にほんブログ村 

 

タフな相方の流儀

思えば9年前に、定年退職記念帰国旅行を夫婦でしたが、そこまで遡らなくても昨年2025年の奈良旅行と比べても、今回の旅のイニシアティブ、日本旅行であるのだから、本来ならば日本生まれ日本育ちの私が握るべきところを、昨年か、一昨年来か『Chat-GPT』つまり『AI』を自家薬籠の如くなんでもかんでも相談し、強い味方としている相方は、私のイニシアティブを脅かす存在となってきたのである。

 

いずれにせよ、我々夫婦が旅をすれば必ずや『珍』の付く道中になることは覚悟していた。

そしてそれは早くも旅の一週間後にやってきたのである・・・。

我々はいつもの如く、Bookingcomで旅先の宿を予約していたのであるが、金沢での宿の料金を支払う時期に迫り、担当者の相方が入金しようとしたところ、クレジットカード決済で料金がすぐに支払われず、時間がかかることが発覚、あれ~どうしましょう・・・と言っている内にBookingcomはホテル予約を無情にもキャンセル!!

 

この時点では我々は東京にいたが、気分的には路頭に迷う・・・気分で、せっかく計画していた金沢一ヶ月滞在があわや水泡と化すのではと、暗い思いにおちいったが、そこは担当者の相方、責任の重さを認識したのか、再びBookingcomに挑み、旅行シーズン中につき埋まっているホテル予約をかいくぐり、3つのホテルに分割することで、宿だけはどうやら確保することができたのだ。

最初の予定では一か月間同じホテルに滞在してユッタリ過ごすつもりでいたが、まぁ金沢市内を三か所宿を移動することで、しなければ見えない特徴なんかも見ることができるかも・・・的な解釈で納得したわけである。

でまず、相方のAIを使用したイニシアティブにより、金沢から和倉温泉への小旅行計画を実行したのであるが、・・・Chat君によるきれいにオーガナイズされた温泉旅行計画は結局大失敗であった。 頭がいいはずのAiが、一昨年の能登地震情報を全く無視して計画した和倉温泉は、厳しい現実を前にして、なすすべがなかったのである。

つまり、一見何事もなかったの如く林立している温泉宿というよりビルの建物は能登地震によって使い物にならない建物で、今年中にも解体の予定であることを、地元のタクシー運転手さんが、悲しげに告げてくれ、一か所だけ開いている温泉(宿なし)へと我々を連れて行ってくれたのだが、相方の落胆といったら・・・

それは、一昨年の能登地震の大変さについて無知であった事と、なんでもAIの便利さに頼り、ある程度は信頼していたのが、肝心な情報が考慮されていない…間抜けな限界をまざまざと見せられたことへの落胆であったであろう。

和倉温泉などについては、私は現地の人々の情報を聞いてから判断しようと思っていたが、まぁ、せっかく相方がAIで計画したのだから、では行ってみましょうと実行したわけだ。

今回の旅でAIで痛い目にあったのは、相方だけでなく私も、AIを信頼するあまり大失敗をしていた。品川から金沢まで新幹線切符を買う事を、私はAIに相談していて、私が買った切符で品川から金沢へ行けると思い込んでいたところ、当日品川駅に行くと、それは東京駅まで行かなければ乗れません・・・と駅員に言われ、新幹線の出発時間に間に合わなかった、間抜けな事態が起こったのである。自分でちゃんと確認すべきを、AI任せで大丈夫と思い込んでいたことを大いに反省したわたしであった。

私たちは、最初の金沢ホテルを快適に過ごし、二番目のホテルに移行したが、そこで問題が発生…、2番目のホテルは一番高いにも関わらず、あらゆる点で問題があり、相方は『別なホテルを探す!』と夜中に私を起こして直訴。私はすでに支払ったホテル代を考えると、それは無駄だし、わがままであると一喝抗議。翌朝になると、『では私ひとりでも宿をさがすわ…』と宣い、まぁ、仕方がないかと宿の移行を私も了解すると、相方はホテル側、Bookingcom側に、ホテル移行の理由をAIに相談し、相手が納得できるような英文を製作して双方に送信していた。

その日の昼頃、どこぞのレストランで昼食中。ホテルの責任者からメールがあり、『アナタのホテル移行の理由はごもっともであり、了解しましたので、残りのホテル代に関しては返済します・・・』との連絡をもらい、我々はなんだか狐につままれた思いで、ええーっと、嬉しさがじわ~っとわいてきたのだ。

 

     『西田幾多郎記念哲学館』にてパフォーマンスする相方の図 

 

『アナタ、これもAIのアドバイス(ホテル、Bookingcom側を説得する文章』)のおかげよ・・・と、ちょっと誇らしげに、宣うのであった。

 

 

 この記事が心に響いたら、応援クリックをお願いします!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ
にほんブログ村 

 

大拙の街 ~ 日本再発見

 昨年、奈良に一ヶ月の長期滞在で『古佛巡礼』と洒落てみたので、今年は金沢に一ヶ月で『日本再発見』と洒落てみることにした。

 

・・・というのは『洒落』というか、9年ぶりに我が『鈴木大拙館』を訪ねたところ、彼の思想を紹介するテキストとして著書『大拙つれずれ草』の中の『日本再発見』の章を拡大して展示する一文に、私は非常に触発され、この章をじっくり読みたいと思い、職員にこの著書について調べてもらったところ、絶版で電子書籍にもなってない…とのことであった。

そこで閃いたのが、金沢で今有名な『県立図書館』。

もともと行く計画であったので、その目的を持って揚々と出かけたところ、貴重本として図書棚に展示していないが、手続きすることで館内にて閲覧できる・・・とのことで、例の『大拙のつれずれ草』十数分後には私の手の中にあった。

 

この章『日本再発見』は、敗戦後の日本人を激励し、戦前に見失ってしまった日本文化の本質を取り戻すことを力説、そのためには『自然』という言葉の本来に立ち返ることが最も大切である・・・云々という内容であった。

そして彼がこの章で力説していることは、今私がやっていることのように思ったし、時代はだいぶ変わったものの、問題の本質はやはりここ東洋が意味する『自然』・・・にあると、『鈴木大拙館』のスタッフも考えたからこそ、この一文を大拙館で拡大展示して、館を訪れる現代人にむけて問題提起しているのであろう。

 

日本再発見 (副題)自然にかえれ

再発見は日本にとどまるべきでなく、中国にもインドにも東洋全体にわたりて、おこなわれるべきである。否、西洋にても再発見すべきであろう。

つまり人類全面の動きの上において再発見がなくてはならぬのである。(・・・抜粋)

 

この宇宙ステーションを思わせる、石川県立図書館で読む『大拙づれずれ草』の一節は私にとって壮大な般若波羅蜜多シンフォニーとして全身を震わせずにおかなかった図

 

金沢は私にとって『大拙の街』であるが、果たしてそうであるのか?を検証する意味で滞在中に誰彼となく『アナタは鈴木大拙を知ってますか?』というアンケートをとることにした。

今日までに、タクシーの運転手、板前、本屋の売り子、ウエイトレス、床屋のおばちゃん、骨董品屋のおっさん、おばさん、居酒屋の女将・・・などなど15人以上にこの質問をぶつけてみた。

結果は散々たるもので、95%は『知らない』であった。

タクシー運転手は職業柄、『鈴木大拙館』を訪れる人々を運ぶので、彼の名前を知ってはいるが、『哲学者ですよね…』の認識レベルであった。床屋のおばちゃんなどはなぜか絶句するほどで、『すみません…』と謝られてしまった。

一人、寿司屋の若職人(35、6歳)、彼は私の眼からは雲水を思わせる、つまり無駄口をしないが、客を気遣う風やてきぱきした、いかにも昔気質の寿司職人を思わせる青年は、『知ってます』と一言。そこでまさか、アナタはどの程度大拙を知ってますか?とも聞きずらく、まぁ禅者としての大拙をしっているのだろう…と思うことにした。

 

そして、もう一人は金沢でも屈指の観光名所・武家屋敷地区で藍染商品を製作、販売ししかも珍しくフランス語堪能な40代前半ぐらいの女性は『知ってます。禅をヨーロッパに広げた人ですよね…』との答えを得られて私は嬉しくなって、トンボをデザインした藍色の暖簾を買ってしまったが、よく聞くとフランスに2年滞在した時に、ヨーロッパ人の友人から『鈴木大拙』の名前を聞いて知ったとのことで、『この知識は逆輸入なんです・・・』とのことであった。 さもありなん…というか、実際問題大拙は海外でこそ知られる禅者ではあった。

 

ということで、郷土が誇る人物としては、むしろ『西田幾多郎』(大拙の大親友で哲学者)であった。しかし、あるタクシー運転手が言っていたが、現在小学校で『郷土の偉人』として『鈴木大拙』も教えている・・・とのこと。

 

     

大拙館で購入した T-シャツには大拙の言葉『それは、それとして』が書かれている図

 

まさしく『それはそれとして…』私は、鏡に映っている自分が左右反対であることに初めて気づかされて、『日本再発見』どころか、『虚自己再発見』の大問題をつきつけられてしまったのだ。(しばしば、美しくもない我が面を披露して恐縮です。)

 

 

 この記事が心に響いたら、応援クリックをお願いします!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ
にほんブログ村 

 

沢の音

我々は旅先を金沢に変え、先日山中温泉へ一泊してきた。

電車を降りた駅は加賀温泉駅で、辺鄙な駅と思いつつ降りてみれば、意外に立派な駅とデパートが立ち並んで、へーっと思ったが、実際送迎バスが我々を運び入れた街は田舎然とした素朴な雰囲気の街であった。

送迎バスに乗っている間約30分ほどは陽光あふれる天候で、金沢市内より山桜があちこちに咲いて温泉地の風景に期待を抱いたが、ホテルに着き手続きを済ませて温泉街を散策に出かける頃には、予想外の土砂降り…、ホテルの人が玄関横にずらりと並んでいる長靴を指さしてこれを履いて行きなさいましとのこと、何十年ぶりか忘れたが久々に重たいゴム長靴を履き傘をさして人気のほとんど無いを散策。

それでも中心街のメインストリートには、九谷焼を中心としたお土産屋さんが立ち並んで、その中の一軒で、桐の木に漆の花模様のある花瓶を、人なっこいおばさんに進められるままに購入なんかしている内に雨は上がっていた。おばさんの話だと、午前中は風が強くて大変でした…とのことで、この辺りはとにかく天候の変化が激しい地域であることがわかり、我々はラッキーだったようだ。

 

  『 朝一の 露天の連れは 沢の音 芭蕉と聞くべや 山中の郷 』馬骨

 

観光ガイドブックにも出ていたし、街を歩いていると俳聖『芭蕉』の名前をいくつも散見したので、その昔松尾芭蕉が山中温泉にきていくつか俳句を残した事を売りにしているようだ。

私らの泊まりったホテルの露天風呂に、読みにくい字で芭蕉の句が、それとなく彫られた石碑があり、それはそれなりに、スイスの我が家が夢なのか、露天風呂で沢の音を聞いている自分が夢なのか・・・と、惑わせるほどに温泉の効能とはべつに効果があった。

          長靴に傘の杖の馬骨爺イ(二日前より風邪で…)

 

  金沢は一面、加賀であり民芸の『刀をくわえた獅子頭』を前に一撮

獅子等は私の幼少時の個人的『縁起モノ』であったので、非常にうれしいかった図

 

 

 この記事が心に響いたら、応援クリックをお願いします!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ
にほんブログ村 

I'm『骸骨人』in the earth…

定年退職後、このブログを書くにあたり、居士名を『馬骨』にしたが、思い返すと私の極初期の写真作品、自写像の作品のタイトルが『骸骨人』であった。

 

そもそもこのタイトル『骸骨人』が、どこから来たのか?                  

そこを考えると、何故私が自分でも意外にも『骨』にこだわるのか…わかるような気がした。

べつに『骨』にこだわっている訳ではないが、なんとなく自然に『骨』が浮かんできたのだ。

それはたぶん、20歳の写真学校に行き始めた頃であったか、住み込み牛乳配達員として3人で一つの部屋を共有していたが、私だけ物置のようになっていた水道と机のある2畳の部屋を私の写真現像室兼勉強部屋として使わしてもらえた。

 

その部屋にこもっていろいろ思案する際、30㎝四方の鏡に映る自分に向かって対話していた時期があったが、鏡の向こうにいる自分が、私以上にしっかりしていて、何においても強いことに驚くというか、不思議に思いながら対話をしていた経験があった。

たぶんその事が、後に私が自撮り作品に『骸骨人』というタイトルを付けた理由ではないかと思う。

『骨』というのが、表面ではない何か・・・という意味合いが私にはあったのだろう。

そしてその感覚というのが、後に禅に向かうことになり、臨済禅師のいう『無位の真人』を探究するべく、円覚寺(臨済宗)へ通うことになった…ということか。

 

今、日本を旅していて、私は自分が外国人ならぬ『骸骨人』のような気がし、それって非常に良くできた駄洒落がそれなりの完成度で実現したような不思議な気分だ。

 

この写真は26歳の私で、禅はいまだ知らずまさに『十牛図』の如く、『闘牛』の撮影の取材に隠岐の島へ訪ねた時の一撮であった。

 

ついでにこじつけると、私の『佛語漢字方程式』という漢字へのこだわりも、その自在性から『甲骨』の呪術が影響しているのかも?!

 

 

 この記事が心に響いたら、応援クリックをお願いします!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ
にほんブログ村