文学的教養ゼロの私の辞書には、『もののあわれ』という言葉はなかったのだが…
9月上旬にローザンヌで行われた日仏翻訳者コリーヌ・アトラン女史の講演会に行って以来、この『もののあわれ…』という言葉が妙に頭に残った・・・。
*アトランは1956年生、日本語からフランス語への翻訳を手がけ、その数は 60作品以上 。
- 村上春樹(Haruki Murakami)作品:『ねじまき鳥クロニクル(Chroniques de l’oiseau à ressort)』など。アトランの翻訳が評価され、2003年にはこの作品で 小西国際交流財団の翻訳賞(prix Konishi)を受賞。 - 辻仁成(Hitonari Tsuji)の作品『白仏(Le Bouddha blanc)』。 - 村上龍(Ryû Murakami):『自動販売機の赤ちゃんたち(Les Bébés de la consigne automatique)』。- 平野啓一郎など現代日本作家の作品も翻訳。(Chat-GPT)
今回の講演は、彼女自身の著書『俳句と京都』、を中心にジャーナリストの司会者との対談という形式で彼女と日本との関わりなどを深堀りする・・・というような主旨から、彼女の眼を通して観た日本文化というものを、集まったスイスの人々に紹介するもの。
【じつは、むかし私が観光ガイドしていた時期、定期的にモンブランの麓、シャモニーへ行ったが、当時翻訳初心者だったコリーヌはシャモニーに住み、観光のアルバイトをしていた関係で、私と現地で何回か会った際に、日本の歴史的な事について翻訳の相談を受けたことがあったが、彼女はその事を全く覚えていなかった。30年以上も前の話なので無理はない。】
彼女は非常に早口で、声も小さく、私は彼女の言っていることの半分もよくわからなかったが…、相方ニコルは彼女の翻訳本のファンであったし、彼女の話は良かったようで大変気に入っていた。
その彼女の早口の話の流れの中で、ポッカリと浮かぶように『もののあわれ…』という言葉が発せられたが、フランス人の彼女の口から発せられる『モノノアワレ』という言葉は、私にとって異次元に感じられ、大変妙な心持ちになった。
『モノノアワレ…』って何じゃらほい・・・フランス人の彼女が知っていて日本人の私が知らないのはオカシイ・・・、と考えさせられたわけです。
まぁ、無常観のことであろう…とまでは考えましたが。
そのとき、ふと以前からイメージしていた私の『死生観』が、我が愚脳に沸きあがり、『モノノアワレ』の『アワ』というのが『泡』という『生命』とすれば、それを生み出している『海』というのが、『生身(うみ)』という言葉の重ね合わせで、私達が考えている『死』の本性なのではないか・・・と考えました。
禅寺では白隠禅師坐禅和讃で、『水と氷の如くにて・・・』と、『仏』と『人間』の関係を『水と氷』で表してましたが、それは別に『海と泡』でも良いわけで、むしろ、『死生観』としては、泡というフラジールな『生命』が、回帰する場としての『海(生身)』であることのほうが理屈として解りやすいのではないか、と思うのです・・・が。

ものの泡れと うみの母 郷に帰らば 懐かしく 赤飯くらいて 明日はまた旅 :馬骨
この図は、11年前の相方ニコルの誕生日・59歳を記念して、北斎の波+ニコルのジャンプ写真+マッターホルンの写真のフォトモンタージュ作品(?)ですが、今思うと、海が生身(うみ)出す『泡=人間』とも解読できる図であったかも・・・です。