拈華微笑

自ずと示される道は、自ら歩むことで到る・・・自然

破命火(はなび)から花火へ・・・

一昨日、8月1日は、スイスの正式国名の一つに『ヘルベチカ連邦Confoederatio Helvetica』というラテン語名があり『CH』の国名コードで知られていますが、そのスイスの建国記念日でした。

私は1991年からスイスに住んでいるので、今年で34回目の建国記念日となりますが、まぁ大半のスイス人と同じ?たんに真夏の祝日の一日…にすぎません。それに大半のスイス人は国外などにバカンスで出かけているし、30%を越える移民の人々は自国に帰ったりしているので街は案外にすいていて、いつもよりゆったりした感じ。

それでも毎年8月1日、各市のコミューン主催で行われる『花火大会』は地元の人や観光で来ている外国人に人気があり、私の街Morges(モルジュ)でも、夜22時を合図にレマン湖に浮かべられた船から花火が次々と打ち上げられ、私と相方がたまたま座った湖岸から数百メートルの近さから打ち上げられた花火はその輪が立体的に我々に降り注がれるようで、その迫力に思わず声を上げて見上げていました。

私はこれまで花火というのが、戦火でトラウマになっている人のことをつい思い浮かべ、大金をだして大気を汚染する、ほんの一時の慰み事になんの意味がある・・・と思うと、どうしても好きになれずにいました。

しかし今回、大輪の光輝く花火が私に覆いかぶさるように迫るとき、私は思わず世界の『平和』を祈っていましたが、これって多分おそらく、誰もがそう願っている…というふうにこの時感じたのです。

火薬を爆発させる爆弾と花火、この似て非なるモノの、『花火』というのは、洋の東西南北を問うことのない、人間の平和にたいする『願い』や『祈り』の象徴なのではないか? それを意識する人々は少ないだろうが、私のようにこんなにジジイになってから気づく愚鈍も世の中には、多いのではなかろうか・・・と思う今日此の頃である。

   もと写真家としては、残念な写真ながら、現場を一撮した図

 

 

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